株式会社ミルテルが提供している「スキャンテスト 乳がん」が話題だ。従来の検査方法に比べて、圧倒的に手軽で自宅で受診から検査結果の確認まで完結できる。必要なのは唾液だけだ。
なかなか上がらなかった乳がん検診の受診率。ミルテルのスキャンテスト 乳がんは大きなブレイクスルーになり得るかもしれない。
広島県呉市での実証実験やミルテルがスキャンテスト 乳がんで目指していることなど、同社の代表取締役社長 加藤 俊也氏に話を聞いた。
女性の9人に1人が罹患する「乳がん」の課題
厚生労働省が2020年に発表した全国がん登録 罹患数・率 報告によれば、男性の部位別がん罹患数は前立腺が8万7,756人、次いで大腸が8万2,809人、肺は8万1,080人の順で多い。一方で女性は乳房、つまり乳がんが最も多く9万1,531人だった。次点で大腸が6万4,915人、肺が39,679人の順だ。
女性に罹患者が多い乳がんは、早期発見できればほぼ完治できるといわれている。薬物などによる治療が効くとされており、10年生存率も高い。実際、2022年に厚生労働省が発表した人口動態統計の概況によれば、死亡数では大腸がんが最も多く、肺、膵臓よりも乳がんによる死亡数は少ない。
しかし、加藤氏は「早期発見すれば完治する可能性が高いのにもかかわらず、乳がん検診受診率が低い」という課題を示した。
「乳がん検診の受診率は、欧米諸国では約70%もあるのに対し、日本ではわずか40%程度しかありません。最近でも芸能人の方が『乳がんになった』と報じられたように、病気そのものは見聞きすることが多いと思います。
とくに日本においては、女性の9人に1人が乳がんに罹患するとも言われています。これだけ近くに潜む病気にもかかわらず、検診を受ける人が少ない。主に多くの女性に関係する社会課題です」
乳がんは、早期発見できれば完治しやすいだけでなく、自身が希望する治療法を受けられたり、治療期間自体も短くなったりする。加藤氏は「精神的にも肉体的にも負担を大きく軽減できるため、検診を受ける人がひとりでも増えてくれれば」と話す。
検診を“受けない理由”があふれている
ではなぜ乳がんの検診受診率が低いのか。理由はいくつか考えられる。
ひとつは「マンモグラフィー検査」の存在。乳房専用のX線撮影のことで、乳房を板で圧迫し、薄く伸ばした状態で撮影する(参考:国立がん研究センター)。一般的には“痛い”こともある検査だ。痛いだけでなく、恥ずかしいと感じる人もいるという。痛い、恥ずかしいが引き金となり、検診を受けない人が一定数いるとされる。
次に「アクセス」の問題。都心部等であれば病院は探せばすぐに見つかるが、病院の数が少なく、自宅や職場等から通いづらい、という話だ。わざわざ遠出をして病院に行かなければいけないという心理的な負担となり、検診を躊躇する人がいる。
加藤氏は「実はこうした理由は表面的な理由であり、生活の都合上、病院に行く時間を作れない人がいる」と潜在的な理由について触れた。
「たとえば、子育て世代のママさん。子どものお世話をするため、自分の時間、まして病院に通う時間はなかなか確保しづらいですよね。同じような理由で、ご家族の介護等をされている方なども同じような理由で検診に行けていないと考えられます。
また、一次産業や二次産業に従事されている方なども日々の仕事に追われてしまい、時間の確保が難しいケースもあり得ます。
そのほかにも、心理的な理由も働いているかもしれません。『もし検査してがんが発覚したらどうしよう』と不安になる人がほとんどです。不安になることを好んでやりたくはない。だから検診を受けないという流れです」
加藤氏が話す心理的な理由というのは非常に大きいように思える。アクセスの問題で「病院が近くにないから検査しない」としつつも、病院が近くにあるからといって定期的に検査を受ける人ばかりかと言われるとそうではないだろう。
筆者も病気になったときしか病院に行かない。「いまは問題なく生活できているから」という理由が余りにも強すぎる。要するに、症状が現れていないのに、病院に行って検査をする行為がまだまだ一般化していないのである。
誰でもどこでも検査できる手軽さを実現 精度は90%以上
こうした乳がん検診の受診率が上がらない課題に対し、ミルテルが用意したのは「スキャンテスト 乳がん」だ。スキャンテスト 乳がんは、唾液検査によって乳がんのリスクが高いかどうかを評価できる。しかも、自宅でも受けられるのだ。つまり、マンモグラフィー検査のように痛い思いもしなければ、わざわざ病院に通う時間を確保する必要もない。
スキャンテスト 乳がんを利用するには、スマートフォン等からミルテルの公式LINEアカウント経由で申し込める。料金は1回あたり1万4,300円。
LINEで申し込むと自宅等に検査キットが送られてくる。このキットの指示どおりに唾液を採取し、同封されている封筒に容器を入れてポストから返送。およそ1ヵ月程度でLINEに検査結果が送られてくる。
リスク検査としての精度は90%以上だという。
「スキャンテスト 乳がんでは、唾液に含まれる『ポリアミン類※』を調べて乳がんのリスクを検査します。この物質は1970年ごろからがんの研究で取り上げられてきており、主に血液に関する検査や研究で多くの論文が発表されました。
唾液は血液の一部でできているものなので、唾液を採取する検査でがんの検査を可能にしているのです。
また、『唾液での検査』は新型コロナウイルス感染症の影響もあり、唾液を用いた検査が身近なものとなり、検査への抵抗感が減っていると考えられます。
こうした理由や背景もあり、乳がんの検診を受けられない・受けづらいといった課題を踏まえた結果、自宅から検査できる『スキャンテスト 乳がん』を提供するに至りました」
※細胞の増殖に関わる物質であり、その異常な増加が乳がんの発症リスクを高める可能性がある
スキャンテスト 乳がんの利用者ターゲットは、主に30代の女性と設定しているものの加藤氏は「できれば20代後半の方も使ってほしい」と言う。これは、20代後半はがんリスクは30代以上と比べると低いが、食生活が肉や乳製品を多く摂る欧米スタイルに変化しつつあるため、がんリスクも高まる可能性があるからだそうだ。
乳がん検診受診率が低い呉市での実証実験
ミルテルのスキャンテスト 乳がんは、2024年6月から広島県呉市において乳がん検診受診率向上に向けた実証実験に利用されている。
呉市で実証実験が始まった理由には、乳がん検診受診率の低さがある。2021年度の乳がん検診受診率は全国平均は15.4%。それに対して広島県は12.1%しかなく、呉市はさらに低い11.3%だった。
「第4次健康くれ21計画アンケート報告書」によれば、同市において乳がん検診を受けない理由は「特に困ったことがなかった」が40.7%、「体調が悪くなったら病院に行く」が10%で、合わせて過半数を超す結果に。
先にも触れたように、乳がん検診においては、症状が出ていなければ検診を受けなくてもよいという意識の問題が大きな課題として存在している。
この呉市の状況を打開するために、ミルテルのスキャンテスト 乳がんが活用される。
すでに本稿でも触れたように、同サービスは“非常に手軽”なのがウリだ。そのため、認知さえすれば多くの人がスキャンテストをきっかけに乳がん検診を受診する可能性がある。
そこで呉市との実証実験では、ミルテルのスキャンテスト 乳がんに関するポスターが市役所や保健所、実証実験と共同で実施するマイライフ社の薬局等に掲示される。
そのほかにも、市と連携した啓蒙イベントなども実施予定。また、一定期間乳がん検診を受けていない人を対象とした勧奨ハガキの送付なども実施する。
そして何よりもポイントなのは、呉市との実証実験では、同市民は無料でスキャンテスト 乳がんを利用できること。つまり、時間や場所、方法、そして費用など、乳がん検診に関わる市民が抱いていた課題をできる限り取り除いた取り組みなのだ。
呉市と実証実験に取り組むことについて加藤氏は「地理的な特徴もある」と話した。
「乳がん検診の受診率が低い課題をもたれていたことが実証実験を始めた当然大きな理由ですが、呉市は、都市部、沿岸部、山間部、島嶼部など、多様な地域から構成されており、日本の縮図ともいえる地域です。このような地理的な特徴は、医療機関へのアクセスや、住民の生活習慣に多様性をもたらし、乳がん検診の受診率に影響を与えていると考えられます。
そのため、呉市で取り組むことによって乳がん検診に関わる“受診しない理由”を探求できる場所だと感じています。ここで培った経験は、当然呉市や広島県のためにもなりはずですし、そのほかの地域が抱えている、乳がん検診に関する課題の解消にも役に立つはずです」
本当の狙いは医師不足の解消と検査の平準化
スキャンテスト 乳がんは「乳がん検診の受診率が低い」という課題を解決する手段のひとつだが、ミルテルが狙うのはこの部分だけではない。加藤氏は次のように話した。
「乳がんに限った話ではありませんが、専門医が不足している状況は大きな社会課題のひとつです。たとえば、乳腺専門としている医師が身近な病院にいないという状況は全国どこでもあり得ます。
当然、専門医ではないため、技術に差が生じる可能性があります。乳がん検診ではマンモグラフィー検査のほかに、超音波検査があります。超音波検査はマンモグラフィー検査と異なり受診者に痛みを伴わないなどの利点はあるものの、検査技師の技量によって検査精度が変わり、病変部位を見つけられない場合もあるのです。
スキャンテスト 乳がんは、乳がんのリスクを評価する検査であり、最終的な診断を下すものではありません。しかし、一定の基準に基づいて検査するため、検査技師の技術によるばらつきを抑え、より客観的な評価が可能となります。
今後、さらに医師不足の問題は発展する恐れがあるため、このような画一的な基準がある検査は必要になってくるのだと思っています」
くわえて、呉市との実証実験については「“検査”自体を一般化させるために、何がきっかけになっているかを探る実証実験」と続ける。
「呉市との実証実験で我々が根底で考えているのは、何がきっかけになれば、対策型検診や任意型検診の受診率が増えるかを探っている状態です。
スキャンテスト 乳がんは、現在の乳がん検査に代わるサービスではありません。きちんとマンモグラフィー検査などを受診してもらう必要があります。
既存の検査を受けていただくためには何をすればいいのか。ミルテルとして実際に取り組んでいるのは、検査サービスを提供するというよりも、任意型検診などに誘導するための新しい枠組みや流れを構築するためのきっかけ作りです」
★
ミルテルに話を聞くと、呉市以外からも同様の取り組みをしたいとほかの自治体などからも声がかかっているそうだ。
乳がん検診受診率は全国平均は15.4%と先に記載したように、これは全国的な社会課題だ。しかも、乳がんは早期発見できればほぼ完治できるというのにもかかわらず、である。
こうした背景がありながらも、スキャンテスト 乳がんは、乳がん検診に限ったサービスではなく、対策型検診・任意型検診へ誘導するためのスキーム構築という点が非常に興味深い。
自治体だけでなく企業等の福利厚生としても、スキャンテスト 乳がんは効果的なように感じる。人の幸せを確保するための大事なサービスだ。