生成AI導入して満足してない? 企業や自治体は「AI予測分析」こそ取り組むべき理由、ソニーのデータサイエンティストに聞く

ソニーネットワークコミュニケーションズ
ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社 データサイエンティスト 松原 雅信氏(筆者撮影)
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生成AIブームが巻き起こっている。

多くの企業や自治体、ひいては個人に至るまで、ChatGPTを代表とした生成AIを活用する人が増えている。この生成AIブームは単なる一過性のものではなく、今後は私たちの生活により浸透し、生成AIを使う生活や社会がごく当たり前のことになっていくだろう。

しかし、(ごく短い期間ではあったが)AI業界に身を置いていた経験のある筆者からすれば、「生成AIを使うだけで、とくに企業や自治体などが“満足”するのはもったいない」と感じる面がある。そこで、ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社のデータサイエンティスト 松原 雅信氏に、社会をさらに良くするためのAI活用とそのヒントを聞いてみることにした。

目次

生成AIによって「AIの民主化」がより現実的に

生成AIを活用した最もわかりやすい例は、テキスト等の生成だ。生成してほしいモノの条件を指示することで、生成AIが人間の代わりにその作業を担ってくれる。文章の生成も可能なので、議事録の作成や各種文書のドラフト版を作るなど、業務の一旦を任せている人もいるだろう。

イメージとしては、生成AIは機能というよりは人に近い。もっと言えば、新入社員のような存在だ。適切な指示をすれば、それに対して回答したり、調べてくれたり、何かしらの作業をしてくれる。反対に、指示があいまいだと、求めていたものとは違う回答がくることもしばしば。

▲ Geminiという生成AIの使用例。単純なテキスト作成や検索結果のまとめなどは、ほぼリアルタイムといっていいほどの速度で生成してくれる

行政においても生成AIの活用シーンは日に日に増えてきており、文書の作成や国会議事録・法令等の検索、住民向けのチャットボットなどで利用している事例やサービスがある。

シクチョーソンで取り上げた行政等における「生成AI」に関する記事

このように活用用途が多岐にわたる生成AIについて、松原氏は「生成AIによってAIの民主化がより進み、身近な存在になった」と話す。

「生成AIをきっかけに、これまで以上に『AI』という技術に興味をもった方が増えたと思います。とくに、生成AIを活用して、社内のDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進しようと考える企業様も多くなり、技術の浸透に大きく貢献しています。企業様などからAIを使って業務効率を改善したい等のご相談をいただくことが増えました」

AIの認知度が急速に高まったことで、「これまでAIなど先端技術への知識があまりない企業や担当者から、AIを活用した“突拍子もない問い合わせ”も増えたのでは?」と松原氏に聞いてみると、「AIの使い方に関して幅広い内容の問い合わせが増えた」と答え、続けて次のように話した。

「過去のAIブームでも起きていましたが、“AIは魔法の杖”と捉えられてしまうことがあります。もちろん、実現できることが多く、多岐にわたる活用方法からさまざまな課題を解決できる存在です。ただ、魔法の杖のように思われる状況は決して悪いことではないと思っています。AIに対する期待の現れで、課題解決に役立てたいという想いによるものだからです」

社会課題を解決できる、AIの余白

ここで筆者が松原氏に最も聞いてみたいことをぶつけてみた。「生成AIが台頭したことで、AIの活用幅が狭まっているのでは」と。もちろん、これはAIの機能が制限されているという意味ではない。どんな技術にも共通するが、使う側の技量が求められる。そのため、成果がわかりやすく、便利な生成AIだからこそ、「生成AIで実現できることが、AIでできることのすべて」「AI技術全体が●●しかできない」と誤認されるのがもったいない思いがあるからだ。

たとえば、日本では少子高齢化や過疎化が急激に進行し、多くの企業や業種で人手不足の課題に直面している。人手不足の中身もさまざまだが、後継者不足、担い手不足によって事業縮小や廃業などに追い込まれるケースが出現している。これらを解消するために、業務効率化や省人化によって、既存業務の推進を維持する目的で生成AIを使う事例が多い。

▲ 最近では病院等も廃業するニュースが出てきている(画像はイメージ:出典 Pixabay)

ただ、AIという技術全体に目を向ければ、これまで属人化されていたこと、それこそ勘や特定の人の経験に基づく判断に頼っていたことを解消できる方法があると松原氏は話した。

「過去のデータをもとに提案をするAI技術は、多くの社会課題を解決できる方法のひとつになると考えています。そのひとつが予測分析です。予測分析は、データをもとに、未来における何かしらの事象を分析するものです。事象とは、売上や在庫、来客数、仕入れ数などを予測するために活用されています。需要予測とも言われる技術です」

AIによる予測分析は、AI予測と略されることもある。予測業務を担える人材は非常に貴重で、いわゆるベテランスタッフに頼り切りな面も多い。その一方で、短期間でのノウハウ継承が難しい。にもかかわらず、生活や社会すべてで何かしらの未来予測は常に実行されている。そのため、大きな支障なく予測することは必要不可欠であり、企業などにおいては事業の根幹を揺るがす問題のひとつである。

松原氏にAIによる予測分析の活用事例についてふたつ紹介してもらった。

事例:東京と伊豆諸島の間で運航する船の就航予測、作ったのは高校生

まず松原氏は「東京と伊豆諸島の間で運行する船が、きょう就航できるかどうか予測するAIモデルを作った話がある」と興味深い話を紹介してくれた。

「離島では船がライフラインです。船の就航状況がわかれば、物資が届くか届かないかの予測や、島を出る計画が立てやすくなります。また、島に訪れる観光客に対しても旅行計画が立てやすくなるなど、住民だけでなく他地域の方にもメリットがあります。社会意義、社会貢献できる取り組みです。

たとえば、これまで伊豆諸島のひとつの島では、当日の朝7時ごろに島内放送で島にいる人に伝えられていました。このAI予測分析によって、向こう1週間先の就航状況までわかるようになったのです。就航状況はX(旧Twitter)でも公開されているので、島に行きたい人にも多く閲覧されているそうです。精度は実際の運行状況と比較すると約95%で、非常に高い予測モデルです。

このAIによる就航予測を作成したのは、プログラミング経験のない、AIに関してまだ知識が浅かった高校生なのです」

高い精度とはいえ、予測が外れる可能性はゼロではない。そこで気になるのが、責任問題である。ただ、人間が予測したとしても、外れるときは外れる。重要なのは、何をもって外れだと定義し、最も避けなければいけないのは何なのかなど、“しきい値”を決めておくことだ。

ちなみに、高校生が作成した就航予測においては、「AIが出航と判断したのにもかかわらず、実際は欠航したこと」が最もリスクであると設定しているそうだ。そのため、出航の判定は条件を厳しく設けているとのこと。

▲ 学習用データイメージ図。数値はダミーのもの(画像提供:ソニーネットワークコミュニケーションズ)

事例:スーパーマーケットでの仕入れ予測、フードロス削減に貢献

就航予測のような大きなインパクトを与える事例だけでなく、公益財団法人が小売店でのフードロス削減に貢献した話についても、松原氏は紹介してくれた。

「公益財団法人流通経済研究所が株式会社サンプラザが展開するスーパーマーケットでの『豆腐』や『揚げ』の需要予測モデルを作った事例もあります。

サンプラザでは、日配品(小売店に毎日配送される消費期限などが短い食品)は担当者がこれまでの経験をもとに翌日の発注業務に取り組んでいました。しかし、納品に間に合わせるために、製造側では見込み生産をされていた背景もあり、受注数と生産数が見合わず、フードロスが発生してしまうこともあったそうです。そこで、AIによる予測分析を実現できれば、担当者の工数削減や属人化の解消、さらにはフードロス削減にもつながると考えられ、取り組まれました。

予測業務を求められる頻度は、企業や事業などによっても異なりますが、小売店のように短期間で発生する業務であればAIにある程度任せることで業務負荷の低減にもつながります。こちらの事例も、モデルを作られたのはAIを初めて触った方で、実利用に向けてデータの改善などに励まれています」

▲ 時系列予測モデルを利用して需要予測をした際に活用したデータ(説明変数)の一部

松原氏が紹介してくれたふたつの事例に共通しているのは2点ある。

ひとつは「初心者がAI予測モデルを作成している」ことだ。生成AIがとてつもなく便利で簡単なように、予測分析をするAIを作るのも非常に身近な存在になっている。そしてもう1点は「『Prediction One(プレディクション・ワン)』というツールで予測分析モデルを作成した」ことだ。

ソニー社内で使われていたAI分析ツールが製品化

「ビジネスの天気予報みたいになるツールで、ExcelやPowerPointのような使い勝手を目指そうとして生まれたのがPrediction Oneです。実はもともとPrediction Oneはソニー社内向けに活用されていました。

Prediction Oneでは、とにかく簡単に、誰でもAIを使った予測分析モデルを作れるようにしています。需要予測であれば、時系列と、その時系列に紐づく事象(編注:1月1日 販売数10件、1月2日 販売数13件 など)を用意したExcelファイルをCSVにして、そのCSVデータをPrediction Oneに読み込ませるだけでAIによる予測モデルを作成できるほど、誰でも使えるツールです」

▲ Prediction One公式サイトよりキャプチャ

Prediction Oneは2019年に登場した。これまで何度もAIブームが繰り返されているが、それでもPrediction Oneが選ばれ続けるのには“簡単に使える”以外にもいくつか理由がある。

まず、Prediction Oneは「予測の根拠」を示してくれる点だ。なぜそう判断したのか、その予測に至ったのかが明かされるため、納得度も高い。これは実務担当者にとっては上司にも報告しやすい付加価値でもある。AIになじみが薄い人にとってもありがたい。

また、「どんなデータが予測に役に立つか」を教えてくれる機能もあるため、予測モデルを作成するときに最も重要な要素のひとつ「どのデータをもっと集める必要があるのか」など、予測精度を向上させる方法を提示してくれる。

そのほかにも、データを社外に出さずに利用できるプランがあったり、AIへの知識や経験がなくても使えたりするなどの理由もある。とくに後者の「知識や経験がなくても使える」という点には注力しているようで、AIに関する基礎知識を表示する機能などによって、Prediction Oneを使うことで自然とAIに関しての知識・使い方が身についていくという。

さらにPrediction Oneの特徴として松原氏は「企業の中核を担う部署だけでなく、実作業を担う現場の方が直接導入されるケースも多い」と話す。

「大企業などを中心に、DXやAIに関する部署が設立されている会社がありますよね。もちろんこのような中核部署に導入いただくこともありますが、Prediction Oneは現場の方が直接使われるケースが多い点が特徴です。

小売店における商品仕入れ量の予測など、日常的な業務で予測が発生している領域では、過去の仕入れ数や販売数などのデータは現場が保有しています。また、従来の人による予測で加味される出来事などは、現場の方だからこそ知っていることでもあります。

もちろんPrediction Oneを使うためには、データが必要です。ただ、データさえあれば現場の人がすぐに使えるようにしています。ツールやAIに関する専門知識も不要で、操作も簡単で迷わないようにしました。自分たちが持っているデータを活用し、スピーディに分析に役立てることをPrediction Oneは目指しています」

属人化や担い手不足の解消 生成AIを使った企業等のネクストアクション

人口減少傾向をたどる現代においては、AIに任せられることはなるべく任せる。何を任せるかを考え、アイデアを創出していくことが重要だ。繰り返しで恐縮だが、生成AIはとても便利だが、生成AIに任せることがAI活用の“終わり”ではなく、まだまだAIの活用余地があることを今一度覚えておきたい。そういう意味では、生成AIは「AI活用のスタートの合図」を出してくれた立役者だ。

筆者個人としても、生成AIはもはや生活必需品だ。このような原稿を書く作業自体ではあまり活用しないものの、文書の校正作業を手伝わせたり、取材の際の録音データを文字起こししたり、文章を要約させたり、思いついたアイデアなどの壁打ちに使用したりしている。

だからこそ人間には無限の可能性があるように、AIにも大きな可能性がまだまだあるとも感じる。毎日のように必要な業務にもかかわらず、業務難易度が高い作業は、今回例に挙げたAIを活用した予測分析モデルを作成することで、属人化や担い手不足の解消に貢献する可能性がある。

地域活性化や地方創生においても、まだまだAIなど先端テクノロジーを活用することで、社会課題を解決できる余地がある。たとえば、予測分析に絞って例を出すなら、自然災害の発生確率や病気の流行予測など、さまざまな分野の企業等がすでに活用している。そのため、生成AIによってAI活用の裾野が広がったネクストアクションとして、予測分析に取り組むのは良いパターンかもしれない。

松原氏は最後にこう話した。

「AI製品を提供する側のひとりとして、生成AIの登場はすごく衝撃的でした。私個人としても、『生成AI=AIのすべて』という風潮になるのではと思ったほどです。だからこそ、社会課題があふれる世の中ですので、私たちはPrediction One等を通じ、多くのシーンで求められる予測分析技術などによって、企業や人を支えて後押ししていきたいです」

おそらく、生成AIのように「使うことが一般認知された技術」と比べると、予測分析にAIを活用することは企業や自治体などではハードルが高いと感じられるかもしれない。予測業務の負荷を軽くする、というとなかなかイメージしづらい場合は、お金で考えると比較的わかりやすいと思う。

たとえば、1個1,000円の食品を100個仕入れた。しかし、実際に売れたのは70個しかなかった。このとき、単純計算で30個分の合計金額3万円が無駄になった、となる。毎日需要を予測し、同じ分だけ受発注の実態にズレがあれば、1ヵ月(30日)で90万円分。年間で1,000万円以上の無駄なコストが発生することになる。

上記は非常に極端な例ではあるが、予測に対して実際の数に乖離が発生しているのであれば、導入やサービス下調べなどを開始していいと思われる。人による予測よりも高い精度を実現できる可能性があるからだ。もちろん、AIによる予測分析ツールを導入したからといって、100%の精度を保証するわけではない。そして、AIの精度を高めるのには、データ量やデータ項目を増やすなどの作業も必要だ。

それでも、今後の人口減少の流れ、そのうえでの事業存続を考えれば、AIによる予測分析に取り組んでみる価値がある企業や自治体は少なくないのではないだろうか。

松原 雅信
ソニーネットワークコミュニケーションズ株式会社
法人サービス事業部 事業推進部 営業企画課 データサイエンティスト
学生時代は大気物理学を専攻、天気予報のアルゴリズムに関する基礎研究を行う。前職で、大気環境問題に関連する業務に従事、数値流体解析、大気環境解析などに携わる。 現職にて、人工知能アルゴリズムの活用法調査、Prediction Oneの技術支援を担当する。

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