自治体から問い合わせ相次ぐ「避難体験VR」 子どもによる波及効果で住民の防災意識向上を狙う

理経
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自然災害が発生したとき、避難した経験がある人は多くないだろう。

防災への意識は根付いているが、避難への意識が低い。これは多くの自治体で共通する悩みの種だ。

こうした避難意識を高めるために、そして住民を守るために、いま「避難体験VR」が注目を集めている。

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5人に1人が「警戒レベルに関わらず避難しない」

ことし7月にクロス・マーケティング社が発表した調査で「災害発生時、警戒レベルに関わらず避難しない」と回答した人が約20%いることがわかった。警戒レベル4(避難指示)までに避難する人が60%程度いたが、裏を返せば40%の人は避難しない。

避難しない理由は、「避難所より自宅の方が安全」「避難所はプライバシーがない」「避難所では個人のスペースの確保が難しい」がTOP3だった。そのほかに、「避難所の衛生面や感染症に不安」「避難所の暑さ寒さへの気温管理に不安」といった避難所に対する不安要素もある。

ただ、避難しないことで、事故に巻き込まれる可能性があるのはもちろん、役所の人などが取り残された人がいないか探しに行く・確認するなどの手間やコスト、そして危険が生じる。

そのため、自分のためにも、周りの人のためにも「避難はするもの」という意識づけは非常に重要だ。

VRならこれまで再現が難しかったものを再現できる

避難意識を養うために、VRを使ったサービスを展開しているのが株式会社理経だ。理経はITやテクノロジー領域を得意とする技術商社。同社はJアラートの受信機など、自治体に導入する機器等も多数取り揃えている。そのひとつに「避難体験VR」がある。

避難訓練VRには豪雨や土砂災害、火災などさまざまな災害シーンが用意されている。

ヘッドマウントディスプレイを装着すると、VRの世界が展開される。災害ごとにシナリオがあり、どのように行動すればいいかをゲームをプレイするかのように体験できる。

同社の成松 和輝氏は、「VRならこれまで再現が難しかったものを再現でき、さらに体験してもらえる」と話した。

特徴的なのは、実際の災害をもとにした状況をVRで再現している点だ。たとえば、土砂災害の避難体験VRでは、平成30年7月に発生した西日本豪雨における避難を追体験できる。

「自治体や大学などを交えた産学官の連携によって制作しています。そのため、実際の災害の再現性はもちろんのこと、たとえばVR内で見るテレビ番組でも、実際の当時のテレビでどのようなメッセージが流れていたのか、そのときの“雰囲気”はどういう感じだったのかなど、細部までできる限りリアルさを追求しています」(成松氏)

土砂災害を体験するVRでは土砂の間から水がしみ出す様子や細かい石がパラパラと落ちるといった、災害の前兆も盛り込まれている。

また火災のVR体験では、煙の色が刻一刻と変化するなど、実際の火災現場さながらの演出を用意したという。開発における監修には東京理科大学大学院 関澤教授が携わっている。

避難意識はアンケートで効果測定

理経の避難体験VRの提供先は、たとえば品川区防災センターや、さいたま市防災展示ホール、そして学校など。ほかには広島県庁などでは出前講座として避難体験VRを活用している。

避難体験VRを導入した自治体などは、どのようにしてその効果を測定しているのか。成松氏は「体験者にアンケートを実施して可視化している」と答えた。

「東広島市内中学校の防災教育として避難体験VRを利用いただいた際に取得したアンケートでは、約88%の学生が『体験を通じて土砂災害に関する知識が増えた』と回答いただけました。また、『体験を通じて早期避難の意識が高まったか』という項目には82.7%の学生が『そう思う/強くそう思う』と回答しています。

この学校以外でも、避難体験VRを利用された方にはアンケートに協力いただいています。このアンケートは『避難意識がどう変わったのか』などを可視化することも目的にしていて、導入先の自治体や企業等にフィードバックしています」

▲ 東広島市内中学校にて防災教育を実施した際のアンケート(回答数411名)

避難体験VRを利用した人からの満足度も高く、行政や学校からは定期的に取り組みたいとの声も多いそうだ。その背景には意識を可視化させるこのようなアンケートの取り組みが機能していると言っても過言ではないだろう。

子どもの会話からはじまる防災への意識

ところで、避難体験VRは大人から子どもまで利用できる点が大きな特徴のひとつだ。

実は「子どもも使える」というのが大きなポイントだと成松氏は言う。

本来、VRの多くはヘッドマウントディスプレイ等の制約上、13歳未満は使用不可というケースが多い。そこで避難体験VRでは、単眼視点での360度動画を用意することで、13歳未満の方でも利用できるようにしている。

「子どもが何かを体験すると、両親や家族にその体験内容を話す、というのはよくありますよね。避難体験VRも同様で、学校教育等でVRによる避難を体験すると、その話を家庭でもされるケースがあるそうです。こういった会話から家庭内での避難への意識が高まったり、もし自然災害が起きたときも子どもから大人に『避難した方がいいのでは?』と投げかけたりする行動のきっかけにもつながると考えています」

たしかに、大人だけだと「この程度なら避難しなくても大丈夫か」「避難するのは面倒」などと、本来良くはない考えに至る可能性もある。そうしたなかで、子どもが発する「正しい意識」によって救える命が増えるかもしれない。

従来の避難訓練が抱える課題の解決策に

取材に応じた成松氏は防災意識を高めたい自治体に向けて、次のようにメッセージを投げかけた。

「多くの自治体などでは同じような内容の避難訓練を定期的に実施していると思います。住民に知ってほしい災害対策や避難方法などが大きく変わりづらいからです。

VRを使った避難訓練の良いところは、訓練そのものが特別なイベントのような雰囲気になり、より参加者に興味を持ってもらえる点です。この点は、避難意識を芽生えさせるきっかけづくりに大きく貢献できると思っています。

もちろん、VRは、実際にその場にいるような臨場感があるため、従来の座学形式の訓練よりも、より積極的な参加を促したり、リアルな体験をすることができます。 そうした結果、住民の防災への意識も高まりやすいと考えています」

成松氏の話で興味深かったのは、やはり「子ども」にどうやって知ってもらうか、ということだ。実際、行政側も子どもを対象にした避難訓練などの方法を模索しているという。子どもを軸に据える理由は、本稿でも取り上げたように「家庭内への強力な波及効果」を見込みやすいからだ。

理経では現在、西日本豪雨を再現した地域に根付いた避難体験VRを提供しているが、ほかの地域等での災害を再現するVRも作成可能だという。地域に根差した避難体験は、一般的な防災訓練よりも、より住民の心に響くものとなるだろう。実際、広島や神戸など既存の事例をもとに、理経に「うちの自治体でも作れないか」と相談する声も少なくないそうだ。

理経

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