「地方創生の架け橋に」。誘致される企業と自治体が地域で共創・共生する方法とは? 北海道北斗市にサテライトオフィスを開設するDIT社に聞く

デジタル・インフォメーション・テクノロジーが2025年1月に北海道北斗市に開設する拠点「北斗AIサテライト」
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地方創生や地域活性化において、自治体側からすれば「企業誘致」は大きなトピックのひとつだ。なぜなら、企業をその地域に呼び込めれば、雇用を創出でき、その地域の人材の流出を防げるからだ。さらには、地域の経済を潤すことにもつながるなど、さまざまな恩恵をもたらしてくれる。

こうした背景があり、自治体による企業誘致活動が非常に活発だ。さまざまな事例も増えているなかで、2025年1月に、北海道北斗市にサテライトオフィスを開設する企業がある。独立系システムインテグレーターであるデジタル・インフォメーション・テクノロジー株式会社(以下、DIT)だ。本社は東京都中央区に位置する。

本社は東京にあるが、同社はカンパニー制を採用しているため、7つの社内カンパニーが東京、神奈川、大阪、宮城、愛媛、そして北海道でそれぞれの得意とする分野で事業を行っている。たとえば、ビジネスアプリケーションを主とした新規システム構築、機能や性能の向上を目的とするエンハンス開発を担う「ビジネスソリューションカンパニー」は東京を主な拠点とし、車載関連・半導体関連、通信機器などの開発を中心とした組込みシステム開発をする「エンベデッドソリューションカンパニー」は神奈川県川崎市と仙台市を拠点としている。

このようにDITでは各地に拠点を展開しているものの、北海道北斗市に開設するサテライトオフィスは従来の“単なるオフィス”ではない。北斗市に開設するサテライトオフィスの機能と、DITとして考える地方創生や地域と共創・共生していく姿勢について、同社に話を聞いた。

目次

安いからではなく「生産性が高いから」を目指す

最初にDITがどういう会社なのか簡単に紹介したい。

DITは1982年に創業したシステムインテグレーター。東証プライム市場に上場する企業(3916)で、2024年6月期まで14期連続の増収増益を達成している。主な事業領域は、金融を中心とした業務システム開発と運用サポート。そのほかに、車載関連を中心とした組込みシステム開発・検証がある。また、サイバーセキュリティや働き方改革など、社会的ニーズに適合した独自ソリューション製品を主としたプロダクト群も持つのも特徴だ。

DITのように多岐にわたる開発領域を実現するには、各技術分野に精通した開発人材を多数確保する必要がある。そこで同社が目を付けたのが「ニアショア開発」だ。

ニアショア開発とは、国内の地方企業に開発等を外注することを指す。また、類似のワードに「オフショア開発」があり、これは海外の企業に外注する意味だ。実は、近年ニアショア開発への関心が再び高まっている。コロナ禍や政治的不安、海外におけるIT人材不足や人件費の高騰を背景に、信頼性の高い国内企業を活用する動きが強まっているためだ。

DITの執行役員 DXビジネス事業部事業部長 兼 函館分室統括責任者 成田裕一氏は「地方発の高い技術力と優れた環境を活かし、生産性を向上させつつ付加価値を創出するニアショアビジネスの展開を目指している」と述べ、次のように話した。

「DITでは、2024年1月に北海道函館市に函館分室を開設しました。函館分室の通称は、『函館分室兼高度ニアショアセンター函館』です。函館分室を、あえて『高度ニアショア』と名付けたのは、単なるコストを抑えた開発ではなく、地方発の高い技術力と優れた環境を生かし、生産性を向上させつつ付加価値を創出するニアショアビジネスを展開するためです。

北海道道南地区への開発依頼を『安いから』ではなく『生産性が高いから』と評価されるようにすることが目標です」(成田氏)

▲ DITの函館分室統括責任者 成田裕一氏

つまり、自社の事業をよりよく推進していくために、地方の力を最大限活用する。その結果、地方の人材を雇用・育成し、その地方を活性化させていく。DITが取り組むニアショアを核とする全体像を端的に表すなら、こういったことだろう。

ただ、こうした取り組みがある一方で、2025年1月に開設する北海道北斗市のサテライトオフィスは“ちょっと違う”側面をもっている。

単なる開発拠点ではない「北斗AIサテライト」の狙い

2025年1月に北斗市に開設するサテライトオフィスは、函館分室と同様にニアショアの開発拠点だ。北斗市に開設する理由は、先述の函館分室において函館市とさまざまな会話を進めていくうちに、北斗市からも「うちの市とも何か一緒にできないか」と声がかかったからだという。
参考出典:プレスリリース(函館市との連携協定)プレスリリース(北斗市との連携協定)

当時から、DITでは「函館だけでなく、北海道道南全域をIT開発エリアにしたい」という想いがあった。道南地区で協力してくれる自治体を探したところ、DITの代表取締役社長 市川聡氏の旧縁から北斗市とつながった。話はここから大きく広がった。

北斗市の人口はおよそ4.0万人。函館市やほかの地域と同様に若者の人口流出が深刻だった。市と会話を進めた後、DITと北斗市は連携協定を締結。市の雇用創出を目指すために、函館市のようなオフィスを開設するに至った。函館市との協定は2023年12月に結び、北斗市との協定は2024年2月に締結。わずか2ヵ月ほどでの出来事だ。

サテライトオフィスの名称は「北斗AIサテライト」。増加するAI関連開発への対応に加え、道南地域の農業・水産業へのIT活用の拠点となることを目指している。DITとしては北斗AIサテライトを、新たな「DX推進拠点」にする狙いだ。 DITが北斗AIサテライトで実施する取り組みは、以下の3つを2024年12月時点で掲げている。

  • デジタルキッチンスタジオ
    地元食材での農家・漁師さんの料理や農業高校、水産高校の若い人達が考えるレシピ、ワイン・お米・トマト・北寄貝など地元食材のアピールと食品企業とのコラボレーションなど実現させる。
  • 学生コミュニティラボ
    はこだて未来大学、高専はじめ農業高校、水産高校の学生とDXというテーマで地域活動や学生起業家などの育成に取り組む。
  • DITのワーケーションセンター
    仕事+農業・漁業体験など北斗市のワーケーション支援メニューを活用。将来的にはDITの社員のなかからも移住者が出てくれればうれしい、とのこと。


上記はあくまでも計画段階の話ではあるというが、単なる開発拠点を作っただけではないことがわかるはずだ。

これらの取り組みの狙いは、地域との共創・共生の関係を育むことだ。ITの力で地域に貢献し、北斗市の若者が北斗市に残りたいと思う地域にする。このミッションのもと、地域発のビジネスを通じ、新たな働き方や人材確保の仕組みを構築することがDITにとって大きなメリットになる。 北斗AIサテライトの設立に先駆け、DITは2024年9月に北斗市の地元の学生を対象にインターンシップを実施した。AI画像解析技術を使い、おいしいトマトの栽培を効率化する可能性を模索するというもの。北斗市は全国有数のトマト産地で、収穫量は年間3,080トン。道内では4位の収穫量だ。
参考出典:プレスリリース

▲ AIアプリを農家さんに説明する学生(画像出典:プレスリリース)

一次産業が盛んな北斗市には、農業や水産学校も多い。地元産業と先端テクノロジー・AIを掛け合わせることで、地元のさらなる発展、活性化を狙う。そのきっかけがこのインターンシップにあった。デジタル技術を活用し、各地の産業を盛り上げる。「『進歩』を続けるデジタル社会をITに力で支え、人々の生活を豊かに。」というDITのパーパスを体言する取り組みだ。

単なる開発拠点を北斗市に作ったのではなく、地域と共創・共生し、その地域の課題を解決するためにも存在する。これがDITによる全国への拠点展開の真髄だ。そして、学生や企業がITを活用して地元産業を盛り上げ、地域を活性化させていく、そんな場を目指していく。

函館分室および北斗AIサテライトでは、当然ながらその地域での雇用創出も目的のひとつ。将来的には60名以上の雇用を目指しており、この目標は愛媛県松山市の事業所が同等の人数を地域から雇用できた実績に基づいている。

地元で働きたい「人」もいる

先述のように、北斗AIサテライトのきっかけになったのは、函館市との取り組みがあったからだ。今回のきっかけになった函館市との関わりについて、成田氏は次のように話した。

「5年前、私がDXビジネス研究室の室長をしていた頃、北海道でのIT事業展開の話があり、私の故郷である函館に白羽の矢が立ちました。社長は函館に馴染みがあり、また私自身も研究室としてAI人材の育成に力を入れていきたいと考えていたところでした。

公立はこだて未来大学など、AI関連の教育機関が充実している函館は、人材確保の面でも魅力的でした。そこで、函館市に話を持ち掛けたところ、『一緒にやりましょう』ということになり、とんとん拍子で話が進みました。函館市としても若い世代の流出を防ぎたいという思いがあり、我々としても優秀な学生を採用できるというメリットがありました」(成田氏)

この函館市へのオフィス開設にともなって新たな社員が加わった。Uターン就職として、DITに入社した庄司健人氏だ。庄司氏は現在、プロダクトソリューション本部 DXビジネス事業部 DXビジネス研究部 函館分室統括補佐として、成田氏とともに函館や北斗の拠点に関わるさまざまな業務や地元企業の開拓などに取り組んでいる。

「私は高校まで函館の学校に通っていました。高校卒業後に群馬県の大学に進学し、その後は飲食店に携わっていましたが、函館に戻ることにしたのです。

もともと私には学生にラグビー指導をしたいという夢がありました。縁あって函館の母校でラグビーの指導ができることになり、このラグビー指導と両立して働ける場所を探していました。そのときに函館に拠点を開設しようとしていたDITを知り、DITに就職しました」(庄司氏)

dit
▲ 函館分室統括補佐としてDITで働く庄司健人氏

庄司氏の場合、DITが函館に拠点を作るというタイミングが重なり、自身のラグビー指導をしたいという願いと噛み合ったから就職に至った。庄司氏は地元で働くことについて次のように話した。

「自分にとって、地元で働けるということは非常に大きなポイントでした。若いころ、一度は都会に出たいという願望を持つ人は少なくありません。東京はもちろん、道内で言えば札幌で働きたいということもあります。ただ、そうした人のなかには、私のように『いつかは地元に戻りたい』と考える人も少なくありません。

ラグビー指導の傍ら、学生と話す機会がありますが、地元で働くことについて収入面を気にする学生が多いのが現状です。また、これまで身に付けた技術や知識が地元でどのように活用できるのかについて不安を感じる学生も少なくありません。

函館や北斗での弊社の取り組みは、地元企業や産業が活性化するだけでなく、AI等の人材を創出する狙いもあります。地域全体が活発になれば、学生が抱える悩みも払しょくできるのではと考えています」(庄司氏)

▲ 庄司氏はラグビーのコーチと仕事の両立について「とても大変だが、とても充実した毎日を送っている」と笑顔で話してくれた(上記のスライド資料はDIT提供)

成田氏や庄司氏の話を聞いていて、筆者としても「企業が拠点を展開することには副次的な効果もあるのでは」と気づかされた。庄司氏が話したように、地元を離れて働いている人でもいつかは地元に戻りたいという願望がある人にとって、勤めている会社が自分の地元に拠点を作るとなれば、この願いを叶えるチャンスになる。新たな拠点を作ることは簡単なことではないが、自身の願いも重なれば非常に強い熱量をもって取り組める。

実はDITはこうした「熱量」を非常に重視している。

先代から受け継がれる「地方創生へのマインド」

函館市や北斗市に拠点を開設する際には、成田氏の「北海道道南地域を道内でナンバーワンのIT開発地域にしたい」と、庄司氏の「ワークライフバランスを維持しながら、地元で働きたい」というそれぞれの想い・熱量が合わさった。

このような想いや熱量を重視する姿勢は、DITの創業者であり先代社長・市川憲和氏によるマインドを受け継いでいる。

2013年4月にDITは「愛媛カンパニー」を愛媛県松山市に開設した。同カンパニーでは、四国近隣での地域密着型のITビジネスを展開している。同社のサイトによれば「ワンストップサービスの提供による地域活性化に貢献するとともに愛媛県から全国の企業様向けにシステム設計・開発、導入、運用まで幅広く支援いたします」と述べられている。要するに、函館や北斗のDITの拠点が目指す「ニアショア開発」と「地域のDX等の推進」という目的は、愛媛カンパニーに倣ったものだとも言える。

愛媛カンパニーはすでに拠点として10年以上稼働しているだけでなく、地域での雇用も創出している。およそ50~60名が働いており、毎年5、6人程度を採用している。新規採用者の多くは新卒採用だそうだ(愛媛で採用し、他の拠点で働くケースも含む)。

DITが愛媛カンパニーを開設した理由のひとつは、先代社長・市川憲和氏が愛媛県出身だったことに由来する。この背景から、地域への貢献の一環として開設したが、愛媛カンパニー設立当時は従業員からも半信半疑の声が挙がったという。「需要はあるのか」など不安視する声もあった。しかし、このような声は一気に払しょくされた。地元企業と良好な関係を築き、事業が成功を収めたためである。そしてこの成功は、DITとしての「マインド」をさらに深化させた。

DITは新しいことや挑戦には支援を惜しまない。もちろん事業性も重要視しているが、なによりもDITが大事にしているのは当事者らの熱量(パッション)だという。成田氏や庄司氏の想いや熱量がまさにこれだ。それでいて、社会貢献につながる行動等であればさらに推し進めていく。これらのマインドや取り組む姿勢は社内でも波及しており、「自分の出身地でもサテライトオフィスを開設し、地元を活性化させたい」という声も挙がっているという。

同時にスピード感もすさまじく速い。一般に、拠点開設というと内容にもよるが2、3年かかるケースがほとんど。ただ、函館の拠点開設(2024年1月)から北斗AIサテライトの開設までの期間はわずか1年だった。もちろん、函館市と同時に北斗市とも並行して会話を進められ、好立地の場所がすぐに見つかったことがこの早さを実現した要因のひとつだ。しかし、拠点を作るというのは容易なことではない。

DITにおける地方創生に取り組む速度について、本取材の最後に成田氏はこう話した。

「北海道道南地域を、若い人が地元に残って活躍できる、若い人が地域を作り上げていけるようなエリアにしたいと考えています。そのためにも、さまざまな企業や事業者、大学などと連携し、ITを活用して北海道道南エリアを北海道で一番の地域にしていくつもりです。

こういった地域活性化には多くの時間がかかります。しかし、時間がかかるからといって、何もしなければ10年後にどうなってしまうのか、想像するだけでも恐ろしいことです。だからこそ、やると決めた時点からすぐに行動を起こすようにしています。そしてDITのカンパニー制による小さな組織でスピーディーに意思決定できる文化が、それを後押ししてくれました」(成田氏)

DITが北斗AIサテライトを開設するのは2025年1月27日を予定している。将来的な雇用計画などもあるが、やはり気になるのは開発拠点“以外”での機能面だ。単なる開発拠点だけではなく、コミュニティの場を作ったのである。

もしかすると、誘致を受けた企業にとって、今後は拠点としてだけでなく、“場”も提供することが一般化されるかもしれない。地元の学校などとの連携の機会にもなり得るし、異なる地域で働く人とのハブ役にもなるなど、想像するだけでも使い道がさまざまありそうだ。

DITによる北海道道南地域での取り組みが、企業と地域をつなぐ架け橋となり、共創・共生方法の確立につながることに期待したい。

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