東京都都知事選が7月7日に実施された。立候補者の人数は過去最高を記録するなど大きな話題を生み、ここ数年における選挙に関するトピックのなかでもトップクラスの注目を集めた。
本稿では都知事選の話ではなく、副知事である宮坂学氏による「『共同化』で進める行政DX」と題した講演の模様をお届けする。この講演は、2024年6月26日から28日まで開催されていた自治体・公共Week2024にて実施された。
講演では自治体・行政のデジタル化やDXに対するさまざまなトピックに関してメッセージを発信していた。本稿でも重要ないくつかのトピックごとに講演内容をレポートしていく。
宮坂氏については今更説明する必要はないと思うが、東京都副知事のうちのひとりだ。GovTech東京理事長も務める。過去には、ヤフー株式会社代表取締役社長など。
そもそもデジタル化は何をもって達成したと言えるのか
まず、さまざまな自治体が絶賛推進しているデジタル化、デジタルサービス全体についてだ。
現在ではいくつものSaaSプロダクトや自治体向けソリューション、もちろん民間企業向けも含めたデジタルサービスが提供されている。おそらく、ほぼすべての業務において何らかの形でデジタル製品が存在しているはずだ。
では、根本的な問いを投げかけたい。「何をもってデジタル化が達成できた」と言えるのか。
宮坂氏は「少なくともデジタル化すれば、職場にある紙の枚数は減る」と話した。そこで東京都としてデジタル化の達成具合の指標のひとつとしておいたのは、「複合機のコピーされた紙の枚数」だという。
都庁中にある複合機によるコピー枚数を毎週確認し、ペーパーレスを目指した。実際、2016年と2022年を比較すると70%減。ちなみに、FAXにおいては2019年と2022年を比べると99%減となっている。
わかりやすい項目の数値を可視化することで、達成具合の進捗を図る。至極当たり前のような行動ではあるものの、このような小さな部分が大きな改革の一歩とも言える。
デジタルサービスのクオリティの上げ方
多くの自治体で住民向けのサービスが提供されている。ただ、宮坂氏は「いままでの都庁では、デジタル化したサービスを公開したら、それで“おしまい”ということが多かった。でもこれでは品質はいつまでたっても上がらない」という。
宮坂氏が着手したのは考え方の浸透だ。
「デジタルサービスって、出した日が一番品質が低いのです。リリースしてから利用者にフィードバックをもらいながら、どんどん改善していくカルチャーを浸透させていっています」(宮坂氏)
同氏は東京都の水道局のアプリを事例として紹介した。水道局アプリ公開当初、アプリストアでのレビューは5点満点中1点台だった。そこで着手したのは、徹底的にユーザーレビューに向き合い、場合によっては返答し、ユーザーが求めるものに対して応えていくということだった。
「(ユーザーに指摘された事項に対し)〇〇を直しました」
「(ユーザーに指摘された事項に対し)××は直すことができません」
ひたすらにユーザーからのフィードバックと向き合い、逃げずに応えた。すべてのレビューに目を通していた。そこに派手な取り組みは一切なく、あるのは地道な努力だった。
こうした対応をスタートしてからおよそ2年後、レビュー点数は4点台になった。お客様であるユーザーに指摘されたことに対し、誠実に向き合って対応した。ひたすら繰り返した。しかも、対応したのはデジタルの専門家ではなく、都庁の職員だ。
大事なことはただ向き合うことだった。
デジタル人材はもっと厳密に定義しなければいけない
たしかに言われてみればその通りだ、と感じたのでこちらも本記事にて紹介したい。宮坂氏が示したのは「デジタルスキルの整理」に関する話だ。
「デジタル人材募集って、スポーツ選手募集っていう意味と変わらないんですよ。
たとえば、募集する側はラグビーのスクラムハーフの選手が欲しいのにもかかわらず、『スポーツ選手募集』としてしまったばかりに、応募してきた人が野球のキャッチャー(捕手)だったということなんですよ。
つまり、デジタル人材を募集するなら、細分化してあげたほうがいいですよね」(宮坂氏)
デジタル人材といっても、実際はさまざまだ。
- ビジネスデザイナー
- UI/UXデザイナー
- データサイエンティスト
- プロデューサー
- システムアーキテクト
- アプリケーションエンジニア
- インフラエンジニア
- セキュリティエンジニア
- サービスマネージャー
など、挙げればきりはない。
どのポジションの人が本当に必要なのか、スキルセットを含めて細分化することによるメリットは多いと続ける。
「(必要なポジションが明確になれば)人材の流動性も必然的に上がります。デジタル人材の方々のキャリアパスが広がるだけでなく、さまざまな自治体や行政において人材を共有化できますよね。
東京都で現在考えているのは、全国の自治体向けに人材を派遣することです。デジタル人材はどこの行政も欲しているものの、なかなか採用ができていません。それであれば、東京都としてまとめて採用して、必要な行政に必要な人材を充てるといったことを考えています」
東京都が目指していることのひとつに「共通化」がある。取り上げたデジタル人材なども共通の要素として、各自治体を助ける存在なものの獲得できない課題を東京都が解決を図る、ということだ。
ノウハウや事例、ガイドラインを東京都が自由に使えるようにした理由
東京都では、「庁舎DX推進ガイドブック」「庁舎DX推進事例集」などを公開している。これらは、庁舎建設や大規模改修を契機とし、住民サービスの向上や生産性向上などにつながるDXの取り組みを体系的に整理したものだ。
これらは一例に過ぎないが、東京都でのデジタル領域に関する取り組みの多くのガイドブックなどには共通の文言が記載されているという。それが「自由に再利用可能」だ。
たとえば、昨今話題の生成AI。導入する自治体も続々と増えているが、生成AI利用に関するガイドラインの制作は必要不可欠。ただ、どの自治体でも生成AIで同じようなことに取り組むのに、全国の自治体それぞれで別々のガイドラインをゼロから作る必要があるのか、ということである。
そこで東京都では、他の自治体の職員らがより手軽にデジタル化やDXを推進するために、出典を明記さえすればガイドラインなどを自由に再利用できるようにした。
生成AIのほかにも、ICT・デジタル人材の教育研修プログラムや評価指標。これまでデジタル人材とのかかわりが薄かった自治体でも、気軽に研修や評価ができるように、同様の再利用可能の文言をいれて配布している。公務員の立場からすると、「再利用できる」の文言があるだけで仕事が随分とラクになるそうだ。
「これから東京都として作るソフトウェアやガイドラインもできる限り公開していきたいと思います。どうぞ再利用いただき、好きに編集してください。
1,700以上ある全国の自治体が、仮に1年間に1個、デジタルサービスを作れば、1年で1,700個。10年で1万7,000個のサービスが作れます。こうやって蓄積していけば、デジタル公共財大国になりますよね。
ありとあらゆるものをみんなで共有し再利用すれば、同じような苦労を抱える人たちにとっても良いですよね。
こういった世界が作れると思うので、東京都庁ではこれからもどんどんデジタル公共財やみんなが使えるソフトウェア資料を増やしていきたいと思います」(宮坂氏)
東京都は全国の自治体においてもトップの機能を備える。こうした“団体”が率先してさまざまな事例作成に励み、成功(ときどき失敗)を重ね、それを共有することで、ほかの自治体は無駄な労力をかけず課題を解決でき、全国的な最適化につながっていく。
民間企業が自社のノウハウをオープンに公開する例は少ないものの、行政だからこそできる取り組みだ。
当然、東京都で生まれた事例がベストではないことも往々にしてあり得る。そういった場合は、逆に東京都に教えてほしいとも宮坂氏は話していた。宮坂氏をはじめ、東京都が進めているのは「『共同化』で進める行政DX」だ。
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シクチョーソンでは、デジタル庁 河野太郎大臣の講演をはじめ、「自治体・公共Week2024」で実施された各種セミナーや出展ブースのレポートなどを公開中。気になる取り組み、参考にしたいサービスなどを紹介しているのであわせてチェックしてください。
展示会概要
展示会名:自治体・公共Week2024
会期:2024年6月26日(水)~2024年6月28日(金)
会場:東京ビッグサイト 西展示棟
※本展は業界関係者のための商談展です。一般の方はご入場できません。