「弊社は『移住』をゴールに設定しているわけではありません。ひとり一役で人材を取り合うのではなく、ひとりが何役にもなってさまざまな地域を支えていく未来を作ろうとしているのです」
こう話すのは、株式会社おてつたび 広報の園田 稚彩さんだ。
おそらく、地域活性化や地方創生に少しでも関心がある人なら「おてつたび」を聞いたことがあるのでは。同社が提供する「おてつたび」は、日本各地に旅行しながら、行き先でお手伝い(仕事)をしてお金を得られる。つまりは、「旅行者」と「旅行先の地域における人手不足の事業者」との人材マッチングサービスだ。
おてつたびに対し、多くの全国各地の自治体から問い合わせや相談が舞い込んでいるという。なぜここまで自治体たちが注目を集めているのか。話を聞いた。
利用者のメイン層はZ世代だが、30代からシニア世代まで活躍
同社が10月に発表したプレスリリースによれば、登録ユーザー数は6万2,000人だという。登録ユーザーのうち、実際におてつたびを利用したユーザーの52%は18歳から29歳。ユーザーの職業はおよそ半数が「学生」だ。
学生は比較的自由に時間を使えるため、さまざまな土地に行ってみたいと考える人が多い。旅行先で仕事をするだけでお金をもらえる(=旅費を抑えられる)サービスなので、学生から人気があるのも納得だ。
「ここ最近、30代以上の方のユーザー割合が増えています。とくに、50代以上の主婦(夫)の方や、定年・早期退職された方にも利用いただいています」(園田さん)
おてつたびのユーザーはもともと大半が学生だったそうだ。次第にサービスの認知度が増えるにつれてさまざまな人に参加してもらえるようになった。また、「新型コロナウイルス感染症の拡大によって企業がリモートワークを導入するなど、働き方・働く場所が多様化したことも影響しているのでは」と園田さんは話す。
利用者の人口分布は現在も学生およびZ世代が中心だが、「今後は徐々に人口ピラミッドに近づいていく可能性もある」と園田さんは続けて分析を述べた。
土地ではなく何を体験できるかで選ばれている
園田さんに話を聞いて意外だったのは、利用者はおてつたび先を「行きたい場所」だけでなく「何ができるか」「何を手伝えるか」で選ばれているという話だ。
同社が実施したアンケートでは、参加動機で最も多かったのは「知らない地域に行ってみたいため」だった。次点で「人生経験」「費用を節約したいから」が続く。
実際に「募集一覧」のページを覗くと、さまざまな仕事内容がずらっと表示される。もちろん旅先となる地域の名前も目に留まるが、それ以上に「仕事の雰囲気が伝わる写真」と「興味を惹くキャッチコピーと職務の概要」が入ってくる。
アンケート結果や当該ページからもわかるように、ふだんの旅行とは異なり行きたい先だけで選ぶのではなく、自分の予定に合う旅先があればそこに申し込む、というユーザーが多いことにもうなずける。
「おてつたびがなければその地域の存在を知らなかったと話すユーザーもいます。また、あまり知られていない土地での経験を求めている人が多いことがアンケート調査でわかりました。おてつたびをきっかけに訪れた場所についても、再度行きたいと考えるユーザーが86%もいます」(園田さん)
応募者数の平均は定員に対して2倍
このおてつたびの仕組みは、利用するユーザー側にだけでなく、求人募集する事業者側にもメリットが多く存在していると、園田さんは次のように話した。
「地域外から訪れる働き手に対して、報酬と宿泊場所(寮や空き部屋など)を提供することで、業務を手伝ってもらえます。旅行という切り口があるため、地域に人手の絶対数が足りていない状況などでも、全国から人材を確保できるのも特長です。
また、募集期間は最短一泊二日から最長2ヵ月まで、就業期間や業務内容によって変更できるため、単発や日雇いでは難しい業務も任せやすいです。
お手伝いの空き時間には地域を観光したり、遊びに行ったりするため、その地域の経済に貢献する付加価値的な要素もあります」(園田さん)
求人募集をかけ、応募が来ると、事業者が応募者のプロフィールや応募動機を参考に採用の可否を判断する。また、応募した人がおてつたび経験者であれば、過去の事業者からの評価も閲覧できる。
また、事業者の労務コストを削減するために、労働条件通知書の自動生成や労務管理、源泉徴収票の発行などもおてつたび側で可能だという。
求人に対する応募倍率は、2024年2月から4月までの調査によれば、定員に対しておよそ2倍の申込者がいるそうだ。おてつたびを使いたい一般ユーザーからすれば倍率が高いと感じるかもしれないが、事業者にとってはうれしい要素だ。
さらに、求人掲載は0円。受け入れ側の事業者が必要なのは「参加者への報酬(最低賃金以上)」「マッチングの手数料」「参加者の宿泊場所」の3点。
募集をかけたい業務内容は、一次産業や飲食店、宿泊業、リゾート地、さらには酒造などさまざまある。筆者が募集一覧を見た限りでは「牧場での乗馬体験者への接客業務」「地域のサッカークラブの運営補助」なども見つかった。
ただ、課題もある。
おてつたびはウェブサービスである以上、事業者が募集をかけるのにもパソコン等が必要になる。本当に人手に困っている事業者では、デジタル機器の操作が難しい場合もある。
このように困っている事業者に対して、自治体が求人募集などを支援するケースも増えているという。
自治体がおてつたびを使いたい事業者を支援
「おてつたびを使いたい事業者を補助するために自治体様がサポートされるケースがあります。求人募集を作成するのはもちろんですが、事業者によっては受け入れる利用者のための宿泊場所がない、ということも発生します。そこで、宿泊場所を自治体側で事業者のために確保するなど、地域を活性化するためにさまざまな形で支援いただいています」(園田さん)
ことし7月には徳島県鳴門市とおてつたびが包括連携協定を締結している。その際のプレスリリースでは鳴門市がおてつたびを利用するユーザー、事業者それぞれに対して以下の内容で支援していると明かされた。
働き手(ユーザー)に対する支援:
- 宿泊施設の提供
- 参加者送迎や市内バスツアーの実施
- ひとり1台の自転車無料貸し出し
- 宿舎や生活の困りごとサポート
事業者に対する支援:
- 受け入れ事業者の開拓・連絡調整
- 募集作成やマッチングのサポート
- 受け入れ事業者が負担するシステム利用料の補助
現在、おてつたびには、自治体全体として相談する場合もあれば、特定の課、たとえば農政課などからの連絡もあるという。また、観光地などでは需要増加によるオーバーツーリズム対策としてのスポット的な相談も、事業者だけでなく自治体からもあるそうだ。
ちなみに、現在は鳴門市移住交流PR大使を務め、プロ野球・千葉ロッテマリーンズのOBである里崎智也さんは10月におてつたびの体験風景を自身の公式Xアカウントで投稿していた(1枚目の写真の中央に映っているのが今回お話を聞かせていただいている園田さんだ)。
文字通り「人生を変えた」出会いもあった
「北海道・富良野の餃子店での受け入れでは、おてつたびの利用者がたまたまライブ配信者で、自身のライブ配信で『富良野の餃子店で働いている』と発信したら、視聴者がお店まで食べに来てくれたのです。
また、おてつたびの利用者のホスピタリティや仕事への姿勢から、既存の従業員らが勉強させてもらった、という話もありがたいことに頻繁に耳にします」(園田さん)
もちろんこれらの利用者による取り組みは善意のたまものだ。しかし、人と人が直接関わる“仕事”を通じているからこそ、その地域やそこで暮らす人のことを好きになり、このような行動に至るのだろう。
事業者にとって、新たな発見が地域活性化にもつながる可能性もある。これまでインターネットであまり積極的に情報発信していなかった事業者が、おてつたびをきっかけにSNS等に挑戦するというケースもあるそうだ。
このような募集した事業に関することだけでない、人と人が関わるおてつたびだからこその事例もある。
おてつたびで広報として働く園田さんに興味本位で「園田さんも広報として全国を飛び回られているのでしょうか」と聞いたところ、驚くような回答をもらった。
「おてつたびの利用者が受け入れ先の“若女将”になったので、今度会いに行くんですよ」(園田さん)
その若女将になる方は、おてつたびでとある宿泊施設を訪れた際、長期間働くなかで施設の支配人と恋に落ちた。そしてそのまま結婚したというのだ。
☆
冒頭に記載のとおり、おてつたび社としては「移住をゴールにしていない」という。知らなかった、気が付かなかった地域とその地域の魅力に多くの人が触れられるきっかけを提供するポジションだ。
園田さんに話を聞いていると、おてつたびの利用者は、お金を稼ぐことよりも、地域での体験を重視している傾向にある。
スポットワークやリゾートバイトとも少し違う。だけど、いつもの旅行でもない。ほかの言葉では言い表すことが難しい。それが「おてつたび」の魅力なのだ。