なぜ東京の企業が札幌に支社を設立した?決め手は強固な産学官連携。「大札新」を支えるAI・IT企業誘致の土壌とは

札幌市
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地方創生や地域活性化に取り組む自治体らが取り組む事業のなかでも「企業誘致」は大きなトピックのひとつだ。

主に都市圏の企業の本社やサテライトオフィスなどを地域に設立してもらうことで、その地域経済の活性化はもちろん、雇用の創出などさまざまな恩恵がある。そのため、自治体らは都市部に会社をもつ企業に対し、助成金などを用意し誘致活動に励んでいる現状だ。

誘致事例は増えつつも、生の意見はどうなのか。誘致するにあたってどのような工夫を凝らしたのか。2024年10月23日(水)から25日(金)まで幕張メッセで開催していた「Japan IT/DX Week」で北海道札幌市の誘致への取り組みに関する講演が実施された。本稿ではこの講演の模様をレポートする。

目次

札幌市が掲げる企業誘致のスローガン「大札新」

札幌市の人口は約196万人。全国でもトップクラスの人口を抱える市区町村だ。広さは東京23区の2倍弱で、香港とほぼ同等の1,121㎢ある。

まず、札幌市の企業誘致の取り組みについて紹介したい。

1972年に札幌五輪が開催され、それを契機に都市化が進んだ。50年の時を経て札幌市は都市をリニューアルしている。大規模な再開発が実施され、オフィスビルも供給。その大きさは2020年から2030年までに、実に約30万平米が予定されている。

企業誘致のスローガンは「大札新」。「“札”幌が、“大”きく、“新”しく、変わる」から名づけられた。東京都内の駅構内や電車内の広告でもプロモーションされていたため、一度は目にしたことがある人もいるのではないだろうか。

▲ 「札」の字がビルになっていることもポイントだ

大札新の公式サイトに記載のビジネス拠点に最適な6つの理由は以下だ。

  1. 豊富な人材
  2. リーズナブルなコスト
  3. 首都圏との同時被災リスクを回避
  4. 便利なアクセス
  5. 暮らしやすさ
  6. 充実のサポート

おそらく、企業誘致に関する取り組みで、札幌市のようなおすすめの理由を掲げている自治体は“結構多い”。ただ、札幌市では「コミュニティ形成」に非常に力を入れていることが本稿で取り上げる講演で明かされた。

札幌に支社を設立した理由は「産学官の連携」

講演では、実際に札幌市にオフィスを構える株式会社dottの代表取締役・浅井 渉氏が支社を設立した(本社は東京)理由を次のように話した。

「札幌支社を設立する前、札幌市で実施している『札幌AI道場』の成果発表会に聴講者として参加しました。

いろんな地域でAIやITに関する取り組みが進められていますが、札幌市ほど産学官の連携を取りながら、AIの普及活動を進めている例はなかなかありません。

AI道場はいわゆる教育機関としての大学が『AIエンジニア』を育成するのではなく、育成の部分に民間企業が入り、実際に地元企業が抱える“実課題”を取り上げているのです。

札幌市内のAIに関する案件は現状はそこまで多くないものの、AI道場のような取り組みは、顧客のAIリテラシーの向上にもなり、AI人材育成にもつながる。この一連の取り組みに可能性をものすごく感じたから札幌支社設立を決意しました」

▲ 株式会社dott 代表取締役社長 浅井 渉氏

企業間の協業やAI開発の更なる促進を目指した「札幌AI道場」

浅井氏の話で上がった「札幌AI道場」は、2022年8月に開設したAI人材育成プログラムだ。札幌におけるAI人材の育成、AI開発企業の集積、地域企業間の協業や地域発のAI開発の促進を目的として、実課題に基づくAI開発の実証(PoC)に向けた課題解決型学習(PBL)に取り組む。

▲ 札幌AI道場の全体像

先の話にも出たように、課題提供企業として地元企業の課題を扱うことが最大の特徴だ。ビジネス課題を抱え、AI導入を検討している中小企業が主な対象で、AI導入にコスト面などで障壁がある企業が参画している。

札幌AI道場を展開するSapporo AI Labのラボ長で北海道大学大学院情報科学研究院 情報理工学部門 複合情報工学分野 調和系工学研究室 教授の川村 秀憲氏はAI道場などの取り組みについて、次のように紹介した。

「AI技術における『ディープラーニング』が登場したことで、今後はAIがITと結びついていくことが主流になると考えました。

ただ、直面したのが人材の問題です。

大学にはAIを研究する研究者はいるものの、具体的なビジネス課題一つひとつに対して手を動かして協力するのは難しい。そのため、民間企業のなかにAIについてある程度理解され、課題解決経験がある人を増やしていく必要がありました。

そこで、これまで研究が中心だった大学と民間企業が手を結ぶ『Sapporo AI Lab』を作りました。そしてこのAI Labのなかの取り組みで、浅井さんの話にも出たのが『札幌AI道場』です。

AIについて学びたい地場のIT企業に勤めるエンジニアが門下生となり、課題を抱えているもののどのように解決したらいいかわからない地元企業から課題を提供してもらいます。大学のAI研究者や札幌市内のAIベンチャー企業の方などが、門下生とともに実際に手を動かしながら課題解決を目指すのが、AI道場の一連の取り組みです。現在は3期目に入りました」

▲ Sapporo AI Lab ラボ長/北海道大学大学院情報科学研究院 情報理工学部門 複合情報工学分野 調和系工学研究室 教授 川村 秀憲氏

札幌市はコミュニティの取り組みを支援する

産学官の連携と言いつつも、それでは自治体・行政側である札幌市としてはどのように絡んでいるのか。札幌市 経済観光局 経済戦略推進部 企業立地担当課長 木村 朋路氏は次のように話した。

「たとえば、役所が主導となって『エンジニアの方にさまざまな支援をします』と言っても、なかなか行き届かないことが多いのも事実です。もちろん役所主体となって動かしている事業や支援はいくつもありますが、市ではコミュニティが自主的に進めている取り組みについて、後方支援をさせていただいています。

札幌市においてはIT産業がとても集積しています。毎年2億円の予算を投入させていただいており、そのなかでも『AI道場』のような人材育成にかかわる事業には注力しています。

また、コミュニティとしてのつながりも強く、土壌としても入ってきた人や知識を受け入れやすい環境になっています。札幌市は産学官の距離が近いことも特徴だと思っています」

▲ 札幌市 経済観光局 経済戦略推進部 企業立地担当課長 木村 朋路氏

木村氏は上記を“さらっと”話していたが、実は札幌市ならではの部分が詰まっているように思える。とくにコミュニティ形成を「わざわざ行政が主体になる必要がない」というのはものすごく大きなポイントだ。

先のAI道場における、地場産業から課題を提供してもらい、人材育成と課題解決を並行して推し進めるなど、“札幌市ならでは”の土壌がある。これは筆者個人の感想だが、「この環境や雰囲気は人や企業が多い東京都内に近い」ような気がした。

だからこそ、浅井氏のdott社のように、都内の企業が札幌に拠点を構えやすいのかもしれない。

「札幌で東京都内の案件に対応している」支社設立後のリアル

ただ、札幌への支社設立後の現実について浅井氏は「札幌で東京都内の案件に対応していることが多い」と実態を話した。実際、川村氏がAI LabやAI道場を展開するのもAI人材を育成していく必要があるフェーズだからであり、道内や市内の企業のAI案件が増えていくのは“ちょっと”先の話になるかもしれない。

とはいえ、札幌市はIT産業が非常に強いのも事実だ。Sapporo AI Labのコーディネーターで、さっぽろ産業振興財団 IT産業振興部 IT産業振興課長の佐々木 諭志氏は次のように札幌市のIT産業を紹介した。

「札幌市はIT産業の集積地になっています。

札幌市には、貸会議室やレンタルオフィス、各種企業の開発拠点の『札幌テクノパーク』があり、テクノパークでは北海道内全IT産業の12%の売り上げがあります。

エンタメ系のIT企業も多く、ゲームメーカー様や、バーチャルシンガー・初音ミクを輩出したクリプトン・フューチャー・メディア株式会社様なども札幌市を拠点にご活動されています」

▲ Sapporo AI Lab コーディネーター/(一財)さっぽろ産業振興財団 IT産業振興部 IT産業振興課長 佐々木 諭志氏

札幌市の魅力は市が挙げた6つのポイントや、講演で話されたコミュニティに関しての側面も強いが、やはり企業側にとっては「人口が多い」という点が魅力に映りそうだ。

過去には札幌市がコールセンターの誘致に積極的に乗り出していたように、人手不足に悩む企業にとっての助け舟にもなり得る場所だ。

現在においてもこの人材の豊富さは企業にとって魅力的に映り続けている。それこそ、北海道大学をはじめとする大学/研究機関がいくつもあり、最先端技術のひとつ「AI」に関してもその土壌が開拓されつつある。

そして何より、道外の人間(というか筆者)からすれば「北海道、いいな!」と思ってしまう潜在的ブランド力もある。これは講演では、札幌支社を設立した浅井氏も「支社設立の際、社員のご家族に札幌オフィスに来てもらったら非常にウケがよかった」と話していた。

企業側にしてみれば移転や拠点設立はかなりの覚悟も必要で、正直なところリスクが伴う。そのため、たとえば“都内よりも賃料が安い”などの目に見えるメリットだけでなく、札幌市の取り組みのように、コミュニティ形成や、地域産業の将来的な成長が見込めるかなど、「可視化できないメリット」も必要になってくるのだと感じた。

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