株式会社千葉銀行は11月11日に、自治体や事業者向けに地域活性化セミナーを開催した。このセミナーでは、食や農業、そして観光についてを切り口に、どのような取り組みがこれまで実施され、どのような考えをもって地域活性化に取り組むべきかが話された。
本稿ではこのセミナーで語られた事例や要点をレポートしていく。主に千葉県内での取り組みが多いものの、ほかの地域にも通じる話ばかりだ。
千葉県は主要産業いずれも全国ベスト10に入る
セミナーの最初に、株式会社千葉銀行 地方創生部長 小川利幸氏が千葉県の特徴や魅力的な点について次のように話した。
「千葉県は、東京近郊でありながら、海や緑、豊かな自然があふれて気候が穏やかな土地です。
各種産業にも強みをもっていて、『工業』は製造品出荷額等が全国8位、『商業』は年間商品販売額が9位、『農業』は農業産出額が全国4位、『水産業』は海面漁業漁獲量が全国7位を誇ります。主要産業すべてにおいて全国ベスト10位以内に入るのは全国で千葉県だけです。
また、国内最大級の玄関口である成田国際空港では、機能拡充として敷地面積の拡大、雇用者数・貨物数の増加を予定しています。くわえて陸路では、圏央道など主要道路も整備され、アクセスがより改善していく見込みです。
そのため、千葉県は産業や立地、そしてアクセスなどの面で非常に優位性があり、ポテンシャルが高いと感じています」
しかし、当然ながら千葉県もさまざまな課題に直面している。ほかの地域同様に、人口減少や少子高齢化の進行も懸念事項ではあるが、県特有の課題として「主にインバウンド観光客に素通りされやすい」ということがある。さらに、「半島性ゆえに北東部や南部に、人・モノの流れに制約がある」と小川氏は話した。
こうした背景を受け、千葉銀行やそのグループ会社ではブランディングやプロモーションに力を入れているという。
「千葉県は他県にない多くの強みを有するため、この強みを活用して課題解決を図ろうとしています。
なかなか活用しきれていなかった地域のブランディングやプロモーションの部分が解決するべき課題のひとつだと考え、千葉銀行やグループ会社のちばぎん商店で地域活性化のプロジェクトを推進しています」
地域のつながりを生み出すハブ的な機能が必要
千葉銀行のグループ会社として2021年に設立されたのが ちばぎん商店株式会社だ。同社は「地域ブランド商品等の企画開発及び販売事業」「クラウドファンディング運営事業」などを手掛け、千葉に埋もれている本当に良いものを見つけ出し、新しい千葉のブランドを生み出すプロジェクト「C-VALUE(シーバリュー)」を推し進めている。
最大の特長は、銀行特有の事業者同士のネットワークによるマッチングに注力していることだ。新たな企画や事業者マッチングによって、新たな商品を生み出し、消費者に届ける。地域に根差したクラウドファンディングはいくつもあるが、銀行ならではの事業者ネットワークの「利」を生かした取り組みは非常に珍しい。また、サービスへの導線には、同社公式SNSアカウントやデジタル広告だけでなく、千葉銀行の各種アプリや店頭チラシなども活用しているようだ。
セミナーでは同社の代表取締役 真下 健吾氏から、C-VALUEでの地域活性化プロジェクトの取り組み事例について話があった。民間の事業者が主体となり自治体が支援するものと、自治体が主体になり民間事業者が支援するもの、それぞれ2事例ずつ合計4事例紹介された。
小湊鐵道沿線活性化プロジェクト
まず紹介されたのは、ローカル線である小湊鐵道沿線での取り組みだ。
「小湊鐵道沿線エリア活性化実行委員会」を立ち上げ、沿線で新しい商品、サービス、事業を展開する事業者を支援するため、プロジェクトを募集する形態を取った。小湊鐵道、ちばぎん商店、そして市原市の3者による取り組みになり、クラウドファンディングでは合計で11のプロジェクトが立ち上がった。
この小湊鐵道での取り組みのキモは「横展開」をしていることだ。「房総横断鉄道たすきプロジェクト」として、小湊鐵道だけでなくいすみ鉄道もくわえ、両沿線の地域活性化に向けたプロジェクトへと発展させている。
小湊鐵道といすみ鉄道が房総を横断している様子が、“たすき”に見えることから名づけられた。現在では、沿線に隣接する市原市やいすみ市、大多喜町、勝浦市、御宿町、そして千葉県が後援として参画し、さらにはJR東日本 千葉支社にも協力してもらうなど、関係者も増えている。35を超えるプロジェクトエントリーがあり、現在は15個程度のプロジェクトを進行している。
ちばガストロノミーAWARD
続いて紹介されたのは、県内の優れた飲食店や生産者を、味や質だけでなく、食材を生み出した風土や文化、歴史、生産者の想い、そして提供するレストランやシェフに至るまでの一連のストーリーを総合定期に評価・表彰する「ちばガストロノミーAWARD」だ。
千葉県の「ちば地域課題解決実証プロジェクト補助金」を活用して実施された。ちばぎんグループは、運営の事務局、プロモーション活動、クラウドファンディングに携わったという。
ガストロノミーAWARDでは、生産者、飲食店を評価するとともに、ネットワークを構築していくことが重要だと考えているという。現在では、3ヵ月に1回程度、トップ30に選ばれた方々を招いて交流会を実施し、コラボメニューの開発、新商品の開発、イベントの企画などについて話を進めている。
多古町との取り組み
3つ目に紹介されたのは、多古町での取り組みだ。これは自治体が主導し、民間企業がバックアップする形式だという。
多古町は飲食体験宿泊事業者の連携、地域のブランド確立、コミュニティの拠点活用とコミュニティビジネス創出といった課題を抱えていた。道の駅のようなコミュニティを軸としてビジネスを創出し、観光地域づくり法人を設立し、戦略を実行するとともに旗振り役となる主体が必要だった。
この課題を解決するために、地方創生推進交付金(最長3年間、1/2補助)を活用し、3ヵ年計画を立てて実行した。ちばぎんグループは交付金申請に向けた資料作成を支援し、2020年度以降の事業についてもサポートした。2020年度には、現状分析、課題の整理、そのほか各種調査を担い、多古町の「農あるまちづくり推進計画」策定支援をちばぎん商店が取り組んだ。
たとえば、同町のブランド米・多古米にぴったり合うおかずを一般公募する「多古米おかず選手権」を開催している。2021年開催の同選手権には、181品のおかずレシピが集まった。ことし2024年で第4回を迎え、毎年の恒例行事化しつつあるイベントへと昇華している。
ちばぎん商店では、受賞作品の商品化を目的に、加工業者の選定やマッチング、瓶詰や冷凍加工をする業者を見つけるなどで協力し、クラウドファンディングで販売支援などに取り組んでいる。
袖ケ浦市との取り組み
最後に紹介されたのは袖ケ浦市との取り組み事例。多古町と同様に、袖ケ浦の産品をブランド化し、地域活性化を図りたいというものだ。
まず取り組んだのは、地域事業者を訪問し、新商品開発、ブランディングに取り組む事業者を公募で募集すること。審査会を経て3つの商品を開発し、ブランディングを行い、クラウドファンディングをプロモーションチャネルとして活用して販売したという。
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ちばぎん商店ではこれらの自治体と民間企業を掛け合わせる事業のほか、観光庁の補助金を活用した取り組みも進めている。また、千葉県からの受託業務として「ちばのキラリ商品支援事業」なども請け負っている。これは、県内事業者のニーズをマッチングする業務と販売展開支援業務の2本柱で取り組んでいるという。
真下氏によって紹介されたいずれの事例も、マッチングによる新たな価値創出に軸を置いている。同氏は「地域活性化で重要なのは『つながり』だ」と述べ、ちばぎんグループではこうしたハブになる機能が求められていると話した。
「私たちは地域のプロデューサーであるべきだと考えています。法人、個人、自治体など、オールジャンルの皆様との取引があり、地域の情報も有しています。地域活性化なくして千葉銀行グループの成長はないという考えで業務運営していますので、皆様と同じ目線で活動できると考えています。千葉銀行グループの機能を活用いただければ幸いです」
ブランド化とは指名買いしてくれるファンがいること
セミナーの最後には、「『食を通じた地域興し』の要諦」をテーマに、株式会社生産者直売のれん会 代表取締役社長 黒川健太氏が登壇した。黒川氏の紹介した内容は、千葉県内の企業や事業者、そして自治体だけでなく、全国どこにでも通じる話だった。
生産者直売のれん会では、以下の3点を主な事業として展開している。
- コンサルティング事業
- 生産者コンサル支援
- 食を通じた地域活性化支援
- SHOPブランド事業
- 直営店事業
- ライセンス本部事業
- 商品ブランド事業
- 催事事業
- 卸売事業
端的にまとめれば、中小食品生産者や地域のブランド化支援に取り組む事業者だ。
まず黒川氏は「ブランド化という言葉がなんとなく良いように使われているが、実際には明確な定義がなかったので、私たちなりの経験のもとに、“ブランド”とは何かを定義している」と話した。
「ブランドとは、指名買いをしてくれる“ファン”がいることです。要するに、値上げをしても購入しているファンをいかに作れるようにするかが『ブランド化』であり、重要なポイントです。商品を少し値上げしたとしても、買っていただける方がいれば、売上や利益を伸ばせます」
しかし、言うは易く行うは難しであるように、ブランド化を実現するのは一朝一夕ではいかない。そこで重要なのは「戦略的思考」と「商品力・販売力」だと黒川氏は話す。
「ブランド化には、戦略的思考が必要です。しかし、『日本で一番有名なブランドになる』というのは大手の発想。そのため、とくに中小企業は、得意分野でマーケットを細分化し、その分野で一番を獲得する考えを持つ必要があります」
地域活性化をするうえでも、日本で一番有名な地域になる、というのではなく、特定の分野・領域を定めることが必要不可欠だ。
たとえば千葉県を食を中心に経済成長させるとしたら、地産地消、地域で作った物を外に売る輸出、県外から人を呼んで地域消費を促すインバウンドの3つがある。これらの3つは密接な関係で、食品やお土産を県外で販売すると、地域の宣伝になりインバウンドにも繋がる。来訪した観光客は当然、県内の食文化に触れる。こうした地域外への販促や戦略をもとに、いかに地域内での消費を生み出すか。特定の分野に狙いを定め、何を伸ばし、そして最終的にどのような行動をさせたいのか。この一連の流れがブランド戦略だという。
そしてブランド化のために重要なのが商品力・販売力だ。黒川氏は「戦略的思考も重要だが、こちらのほうが一層重要」だと述べ、次のように話した。
「食品においては、おいしいものを作り、その魅力を伝えて販売します。この商品力と販売力のふたつの力は、どちらかが低いと、低い方に作用してしまう掛け算の性質があります。つまり、良い商品であれば売れる、売る力さえあれば売れるというわけではないのです。もちろん、商品力や販売力は企業や地域によってどちらが強いのかは異なるものの、両方の力を発揮しない限り成果が出ず、業績が伸びることは難しいです」
商品力と販売力のうち、当初、黒川氏らは販売力を支援することに取り組んでいた。しかし、新たな課題が浮上した。それが「売れる商品が少ない」ということだ。
良い商品であふれる世の中だからこそ「売れる商品」が少ない
「日本の食品業界は世界トップレベルで、良い商品があふれています。しかし、人口は頭打ちで、テクノロジーの技術革新もあり供給過剰です。良い商品があふれるなかで、自社商品を高くても選んでもらうブランドにするには、尖った商品でなければいけないのです」
同氏は「売れる商品を生み出すための完璧な答えはわからない」と前置きしたうえで、うまくいった事例は必ず参考になると述べ、いくつか事例をセミナーで紹介した。紹介された事例のうち、ふたつの事例をピックアップして本稿で紹介する。
八天堂のくりーむパン
広島県に本社がある株式会社八天堂が販売する「くりーむパン」は、東京都内でもよく見かける商品だ。同社が大きく成長したきっかけは、言うまでもなくくりーむパンの存在。黒川氏が先に話したように“日本一”を目指して商品を設計した。
八天堂が目指したのは日本で一番のクリームパンではない。「フレッシュなクリームを入れた冷たい、スイーツのようなパンで手土産になるクリームパン」だ。これが商品力に該当する。
手土産になるカジュアルなパンが欲しい人は百貨店ではなく、駅にいると考え、ターミナル駅での販売をスタート。販売場所は東京都・品川駅だ。これは販売力の部分だ。
この商品力と販売力がうまく掛け合わされた結果、1日平均約120万円の売上創出を達成。さらに驚くべきは、地域活性化も担ったことだと黒川氏は話す。
「品川駅(株式会社生産者直売のれん会が販売)での販売が伸びたとき、地域活性化のことは考えていませんでした。しかし、都内への輸送をするうえで、効率を上げるために広島空港周辺の店舗(株式会社八天堂が販売)近くに工場を建設しました。さらに、開発が進んでいなかった工場等の近くにカフェを作成。そのほかでは物販や地域の道の駅のような“空の駅”を作るなども手がけました。ひとつのパン屋さんのひとつの商品の成長によって雇用を生み出し、広島の空港近くはある意味“八天堂の街”のようになりつつあるのです」
千葉県山武市の「いちご」
山武市にはおよそ40軒近く、いちご狩りを楽しめる農園がある。当然、いちごを摘んで食べる事業が根幹であるため、人が来ないと売り上げにつながらない。とくに東日本大震災の前後での客数の減少は著しく、震災後は客足が遠のいてしまった。
廃棄処分の危機に面していたいちごは、当時冷凍保存されていたものの、冷凍保存のキャパシティーにも限界が訪れる。このいちごの活用方法を見出すためにプロジェクトが始動した。
のれん会が取り組んだのは、「いちご狩りに来た方に向けた看板土産商品を開発」だ。山武市の各地で山武いちごを使ったお土産を用意。いずれも“配りやすさ”に重点を置くことで、いちご狩りに来た方に“拡散”してもらう作戦だ。
さらに、いちご狩りのオフシーズンである夏には、九十九里浜の海に訪れる観光客に向けて「山武いちごを使ったジェラート」などを開発。近隣に訪れる人に対して、「山武=いちご」のイメージを覚えてもらうための活動に舵を切ったのである。
この取り組みは同市が配信するプレスリリースなどでも取り扱われ、テレビ等のメディアにも多数取り上げられるほど活気づいた。黒川氏は「山武市に来た人は『いちごと出会わずには帰れない街』になった」と言うほど、市全体で特産品のPRの土壌を形成したのだ。
震災が起きる前、山武市に訪れるいちご狩り客数は30万人だった。震災後半減し、回復に苦しみながらも2014年にはこれらの取り組みも寄与し、34万人に到達。大きな成果を得られた取り組みのひとつだそうだ。
新たな価値創出が地域活性化のカギを握る
黒川氏からはほかにもいくつか事例を紹介したが、共通して言えるのは、それぞれが得意とする分野をさらに深掘りし、独自のブランドを確立したことだ。
八天堂の例と、山武市のいちごの例は、どちらも「食」に関する事例だが、大きく異なるのは販売する場所だ。八天堂は広島県で製造したくりーむパンを品川駅で販売する。これは、手土産用のくりーむパンとしてのポジションを獲得するためだ。一方の山武市の場合は山武市内で販売をする形式を選択している。いちごの場合は、いちご狩りの客数を伸ばすことを目的に掲げていたことも大きい。
企業の事業戦略と同じように、どの市場にどのように向かっていくかが重要だ。実はちばぎん商店の取り組みも、企業などをマッチングさせることで、新たな価値を創出し、商品力や販売力を上げている。
このセミナーを通して、黒川氏の言葉で印象に残ったものを最後に紹介したい。
「成功事例は『これをやればうまくいきます』という意味ではありません。根が違うので、同じ花は咲きません。しかし、成功事例に触れることは重要です。共通するエッセンスがどこかにあります。うまくいった事例は必ず参考になります」