「建物や設備が老朽化することは避けられません。ただ、我々のサービスを使えば、老朽化などを理由に発生する事故を減らすことはできると考えています」。
建物などの中には、人が入りたくても入れないものがある。狭小であることはもちろん、立ち入ると危険な場所も存在している。しかし、老朽化が進む建築物等に対し、人が点検できないから点検をしないのでは、安心・安全な社会を実現することは難しい。
このような「困難環境における点検」という課題に対し、「ドローン」を活用して誰もが安全な社会の構築を目指すのが株式会社Liberaware(リベラウェア)だ。同社の代表取締役 閔弘圭氏に話を聞いた。
世界最小クラスの産業用小型ドローン
リベラウェアは2016年8月に閔氏が創業した。もともと、日本国内におけるドローンの第一人者として知られる野波健蔵氏とともにロボットやドローンなどの研究に取り組んだ。そして、その際に感じた歯がゆさが、起業のきっかけとなった。
「2013年には、福島第一原子力発電所内の放射線量をはじめとする内部状況・環境を調査するプロジェクトに携わりました。2011年に発生した東日本大震災の影響で、当時内部は瓦礫などが散乱しており、人が立ち入ることは困難でした。そこでドローンを活用することになりました。
しかし、当時のドローンは機体が大きく、本当に見たい箇所をしっかり確認できないという現実に直面しました。この経験を糧にリベラウェアを創業し、わずか20cm程度の業界最小クラスの点検ドローンを提供しています」
ドローンといえば空撮や物流での活用を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、リベラウェアは、屋内用の産業用小型ドローンというニッチな市場に特化し、システム開発から提供までを一貫して行っている。世界的に見ても、この分野で事業を展開している企業は、リベラウェア以外ではスイスに1社あるのみだ。
狭くて暗くて危険な空間を点検できるドローン「IBIS2」
リベラウェアの狭小空間点検ドローン「IBIS2(アイビス・ツー)」は、小型であることに加え、優れた防塵性を備えているため粉塵や埃が多い場所でも使用可能だ。特筆すべきは、衝突しても姿勢を崩さない独自の飛行制御システムだ。点検用ドローンとして、カメラと、暗い場所での操作と録画を可能にするライトも搭載している。これらの機能により、「狭くて暗くて危険な空間」の点検を可能にしている。
具体的な特徴やその機能は、同社が公開している動画も合わせて確認してほしい。
取材を通して、衝突しても姿勢を崩さないという点が、IBIS2の普及を大きく後押ししていると感じた。
同社では、ドローンというハードウェアだけを提供しているわけではない。ドローンの講習会を実施することで、導入企業等の担当者がドローンを自身で操作できるようにしている。狭小空間の点検となるとドローン操作は難しそうに思えるが、閔氏によれば、「壁や障害物に衝突しても飛び続けられるように設計されているため、高度な操作技術は不要」とのことだ。
人が立ち入れない真っ暗な空間でも、鮮明な映像データを記録できることもIBIS2の強みだ。
能登半島地震で活躍、人手と時間を大幅に削減
IBIS2による点検は、作業効率の大幅な向上を実現する。従来の点検では、高所作業の場合、足場の組み立てに時間がかかっていた。しかし、IBIS2を使えば、機体を飛ばして操作するだけで確認作業を進められる。
閔氏によれば、この迅速な確認作業は災害時の状況確認にも役立つという。
「2024年1月の能登半島地震では、輪島市の要請にもとづき、IBISを活用した被災地での支援活動に取り組みました。倒壊した家屋や、倒壊リスクの高い設備の内部にIBISを飛行させ、現地の状況確認に成功しています。
倒壊の危険がある建物に人が入るには、綿密な事前確認(建築物の規模によっては2時間程度)が必要です。しかし、ドローンであれば速やかに確認作業を開始でき、作業員の安全も確保しながら迅速な救助活動に貢献できます」
災害時に備えた行政との連携の相談も増えているという。2024年11月には、IBIS2が千葉市のトライアル発注認定事業に認定され、同市消防局への採用を視野に入れた実証実験が進められている。
11年の時を経て、再び福島第一原発へ
能登半島地震での被災地支援をはじめ、リベラウェアのIBISは確実な技術力を発揮してきた。そして2024年2月と3月、福島第一原子力発電所1号機原子炉格納容器内部調査に活用された。閔氏にとって、福島の原子力発電所は、起業のきっかけとなった2013年の調査で技術的な課題に直面した場所でもあった。
リベラウェアは、福島第一原子力発電所1号機原子炉格納容器(以下、PCV)内部調査に参画。その目的は、PCV全体の状況把握だった。ペデスタル(原子炉圧力容器を支えるコンクリート構造物)内の気中部(冷却水が満たされていない空間)を調査するのは、2011年の東日本大震災以降、そしてドローンを活用するのも今回が初めてだった。
4機のIBISを用いて、原子炉格納容器貫通孔(X-6ペネ:格納容器へのアクセス孔)やペデスタル内壁など、これまで未確認だったエリアを撮影。その結果、内壁のコンクリートに大きな損傷がないこと、制御棒駆動機構交換用開口部(原子炉の制御棒を交換するための開口部)付近につらら状や塊状の物体があることなどが確認された。
「過去に私が果たせなかった夢を現実のものとし、社会に貢献できたことに心からの喜びを感じています」と閔氏はプレスリリースでコメントした。リベラウェアの原点とも言える場所で、11年前の壁を乗り越えた瞬間だった。
見えないリスクの可視化 安全な社会を実現するために
リベラウェアは、「誰もが安全な社会を作る」ことをミッションに、「見えないリスクを可視化する」ことをビジョンに掲げている。
いま、日本には見えないリスクが潜んでいる。
1950年代半ばから1970年代前半の高度経済成長期、そしてその後のバブル経済期には、多くの建物やインフラが整備された。しかし、現在、これらの多くは老朽化という問題に直面している。
国土交通省が公開しているインフラメンテナンス情報の「社会資本の老朽化の現状と将来」によれば、高度経済成長期以降に作られた橋やトンネルなどのインフラは、老朽化が急速に進んでいる。2040年には、これらの半分以上が建設から50年以上経つと予想されている。
老朽化した建物は、経年劣化により破損や倒壊の危険性が高まる。さらに、近年増加する自然災害による被害も深刻だ。
人が立ち入れない場所の点検不足が、不慮の事故につながるケースもある。このような悲劇を防ぐためにも、IBIS2は重要な役割を担っている。閔氏によれば、「建設されたもののなかには、建設時以来、一度も人が確認していない空間は山ほどある」という。こうした目視で確認できていない場所でのリスクを可視化するのがリベラウェアのIBIS2なのだ。
日本で最も安全な街を作ることが最大の夢
閔氏にドローンで実現したいことは何かと聞くと、次のように話した。
「住宅からビルにいたるまで、屋内隅々を自動で巡回できるドローンを作りたいと考えています。屋内でドローンを自動巡回させる技術と、それに適合した建物を前提とした街を作ることができれば、生活する人にとって安心・安全の街になるのではないでしょうか。我々が目指すのは、日本で一番安心・安全な街を作ることです」
私たちの日常に潜む、認識されていない危険を可視化するリベラウェアの技術。企業や行政は、将来起こりうる事態に備え、このような選択肢があることを知っておくべきだろう。