福島県西会津町は、日本有数の豪雪地帯であり、美しい自然と伝統的な農業文化が残る地域だ。この町で展開されている「石高プロジェクト」は、地方創生と地域活性化の先進的な取り組みとして注目を集めている。
「石高プロジェクト」とは、地域に残る伝統的な稲作文化を活かしつつ、最先端技術で農業課題の解決を目指す取り組みだ。今回はプロジェクトの担当者である長橋幸宏さんに話を伺い、その全貌に迫る。
豪雪地帯が生む「奇跡のお米」
西会津町の人口は約5,000人で、江戸時代から変わらない集落風景と、高品質な米作りが特徴の地域だ。豪雪地帯特有の土壌と環境条件が優れたお米を生み出し、「食味値」が全国平均を大きく上回る水準を誇っている。しかし、人口減少や農業従事者の高齢化が進行する中で、地域の伝統的な稲作文化を維持することが大きな課題となっている。
加えて、円安や物価高騰、物流のひっ迫といった状況が、日本全体で農産物の価格上昇を招いている。特にお米や野菜の値上がりは家庭の食卓にも大きな影響を与えており、こうした背景も「石高プロジェクト」の重要性を高める一因となっている。また、お米は農家ごとではなく、一般的にエリアごとに価格が決められるため、収益が個別の努力に直結しづらいという構造的な課題もある。
「石高プロジェクト」は、こうした課題を背景に、農業とデジタル技術を融合させた新しい取り組みを提案した。このプロジェクトは、稲作を単なる産業活動として捉えるのではなく、地域社会の文化的・経済的基盤として再定義し、未来に向けた新しい価値を創造することを目指している。
「石高プロジェクト」が築く、新しい稲作の未来
農業を支援する方法はいくつか存在しているが、「石高プロジェクト」の構想は「地域支援型農業(CSA: Community Supported Agriculture)」モデルに近い。これは収穫前の予約購入や農業ボランティアを通じて、生産者と消費者間による単純な売買の関係ではなく、コミュニティとして農家を支えるものを意味する。
「石高プロジェクト」には専用のアプリがある。このアプリでは、参加者のさまざまな“貢献”を可視化し、ポイント(石高)として蓄積できる機能を備える。貢献の証には「米ボード」と「人足ボード」がある。米ボードは、主に収穫前に米を購入することで得られる。一方の人足ボードは、現地でのボランティア活動やイベントへの参加、SNS等での宣伝活動をすることでもらえる。
米の収穫後には、米ボードや人足ボードが実際のお米と交換できる「米手形(お米と引き換えられる証書のようなもの)」に変わる。米手形を使ってアプリから交換申請することで、新米が手元に届く。つまり、直接的にお米を購入するのはもちろん、参加者それぞれによる農家や地域の貢献をすることでもお米がもらえる。同プロジェクトに参加する人それぞれの貢献方法を評価および記録することで、楽しみながら農家や西会津町と関われる仕組みだ。
貢献の証である2種類のボードや、米手形は、デジタル上でそれぞれ個別の“暗号”に紐づけられている。この技術基盤になったのがNFT(Non-Fungible Token)だ。長橋さんは「昔のように『米』を金融商品として流通させることを想定した際、NFT技術にたどり着いた」と語る。
これら取り組みは地域の活性化に寄与するとともに、都市部の人々に地域貢献の意識を芽生えさせる効果も期待されている。それこそ、稲作の生産プロセスの一部に参加することで、これまで意識しづらかった自然相手の農業の難しさを自分ごととして感じることができる。日々当たり前のように食べているお米への見方も変わるだろう。
人と技術が紡がれて生み出されたプロジェクト
プロジェクトの裏側には、地域の人々や外部の専門家との連携がある。
もともと「石高プロジェクト」は、東京大学の教授などで知られる鈴木寛氏や地域のキーパーソンとの議論の中から構想が生まれた。地域通貨に精通している西会津町の最高デジタル責任者(CDO)の藤井靖史氏も加わり、そして株式会社クエストリーともつながった。同社はブロックチェーン技術を得意とするコンサルティングおよび開発支援企業だ。
西会津という人口わずか5,000人の町でもこれだけの人や企業を巻き込む力を持っている。長橋さんは「『田舎だからこそ最先端』という気概があるのかもしれない。石高プロジェクトは行政と民間プレイヤーが力を合わせて誕生したのが特徴的。共感してくれている3名の農家もこの実証への参加を快く引き受けてくれている」と話す。
地域通貨の可能性が広げる「未来の地方創生」
「石高プロジェクト」は単なる地方創生の枠を超え、全国的な農業や食糧問題への示唆を含んでいる。都市部の消費者が地方の稲作文化に触れ、いざという時のための食糧確保の仕組みを構築するという理念は、気候変動や食糧危機に直面する現代社会において重要性を増している。
また、このプロジェクトを通じて蓄積されたノウハウは、他の地域や産業にも応用可能だ。たとえば、NFT技術を活用した地域通貨や貢献度管理の仕組みは、観光地や商業エリアの活性化にも役立つ可能性がある。それこそ、地域ごとに石高プロジェクトのようなNFTを通した取り組みが盛んになれば、一次産業の生産品同士での取引の実現などもあり得る。お米を獲れる地域と野菜を獲れる地域の相互連携などの広がりもあるかもしれない。
「ブロックチェーンという、人の手を介さず信頼が担保されたトークンでの流通を実現できれば、中央の経済論理に左右されづらい小さな生産活動同士の自律分散な経済圏ができるのでは」と技術活用による未来の地方創生について長橋さんは話した。
技術と伝統が交わる「地方創生の未来図」
長橋さんは「技術が目的ではなく、地域課題を解決する手段として先端技術を活用している」と語る。「石高プロジェクト」は、技術と地域資源を融合させ、新しい価値を創造するモデルケースとして、多くの自治体や企業にとって参考になるだろう。
西会津町の伝統と革新が織りなす「石高プロジェクト」。その挑戦は、地方創生の新たな可能性を切り拓く一歩として、今後ますます注目を集めるに違いない。
そして「石高プロジェクト」のような取り組みは、私たちの日常と深く結びついている。まずはこのプロジェクトの存在を知り、農業や地域を支える活動があることを覚えておくだけでも十分だ。そして、次にお米を選ぶ際には、その背景や地域を少しだけ意識してみる。それが農家を盛り上げる第一歩になるはずだ。
最後に長橋さんは「石高プロジェクト」について次のように話した。
都市生活者などたとえ遠く離れていても、その人なりの関わり方や貢献ができる仕組みを提供したいと考えています。実際に地域を訪れることで心身のリフレッシュが得られ、顔の見える食の安心感や食文化への理解が深まります。それが、いざという時の食糧安全や暮らしの拠点作りにも繋がると感じています。
農家にとっても、こうした活動を通じて稲作へのやりがいや責任感が増し、地域全体がひとつのコミュニティとして協力し合う機会になります。技術と人の縁を掛け合わせることで、多くの可能性が広がると信じています。
長橋 幸宏(Yukihiro Nagahashi)
株式会社LONGBRIDGE代表
西会津町地域おこし協力隊
1991年東京都生まれ。2022年より西会津町の地域おこし協力隊(デジタル戦略担当)に就任。「石高プロジェクト」のプロジェクトマネージャーに従事。
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