テクノロジーが発達したことで、我々の生活シーンにおいてはいくつものメリットを生み出し、さまざまな恩恵を受けられるようになった。たとえば、キャッシュレス決済。現金を持ち歩く必要がなくなっただけでなく、残額が減ったらATMからお金を引き出すといった行為もなくなった。年間いくら使っていたのかもわからない「取引手数料」がなくなった人もいるはず。
ただ、こうしたメリットは「使っている人しか得られない」。情報(ICT)の格差ともいえる。大変便利な世の中になりつつあるが、内閣府らが推進するデジタル田園都市国家構想でも記載されている「誰一人取り残されずすべての人がデジタル化のメリットを享受できる心豊かな暮らし」を本当に実現できるのだろうか。
株式会社コスモピア ファウンダー 田子みどりさん(現・ヒューマンクリエイションホールディングス 特別アドバイザー)、同社 取締役営業部長 和田由美子さんのおふたりに、デジタル化が進む社会について、さらにはICT技術を“伝えるための術”を聞いた。
株式会社コスモピア
1983年4月創業。2022年4月ヒューマンクリエイションホールディングス(東証グロース)グループ入り。
中央省庁におけるパソコンや周辺機器等のヘルプデスク、コスメメーカーのサポートデスク、大手カメラメーカーのショールーム運営など、さまざまな領域・分野のICT技術に携わってきたテクニカル・コミュニケーションのプロフェッショナル集団。過去にはITリテラシー研修などの実績ももつ。
デジタル化が進む現在において、あえてアナログを残す必要性
デジタル化のメリットを享受できる人とできない人の間に生じる差を「デジタル・デバイド(デジタル・ディバイド)」と呼ぶ。デジタル機器の扱いが苦手な人と、得意な人によって受けられる差、たとえば先のキャッシュレス決済の例などだ。そのほかにも、通信環境等の影響でデジタル機器をそもそも使えない場所で暮らす人、経済的理由でデジタル機器をもっておらず、その結果デジタルによる恩恵を受けられない人を指す。
「最近、ほとんどのモノの『取扱説明書』がなくなりましたよね。取扱説明書をふだんから使うわけではないですが、何かわからないことがあったとき、現在ではインターネット上で検索しないと解決できない状態になってきていませんか?」(田子さん)
言われてみれば「たしかに」と思わされた。検索する癖がついていれば何も不便ないが、いわゆる“デジタルに疎い人”だとなかなかのハードルになることは間違いない。「自治体のページでも、電話ではなくチャットボットで質問を解決できるようになっています。ただ、スマートフォンの画面では小さくて文字が読み取りづらいことも多いですし、かといってパソコンを持っているわけでもない。実は悩みというか、歯がゆさを感じている高齢者は少なくないのでは」と田子さんは話す。
「デジタル化することで、労働力不足の解消など、仕組みとしては良くなっていっています。ただ、今後の日本においては、超高齢化社会になっていくことも踏まえると、デジタル化させていくだけでは“こぼれ落ちていく人”が続出する可能性があると思います。
デジタル化する社会を目指すのであれば、お年寄りや外国人の方、パソコンやスマートフォンを持っていない方など、そういう人たちをどうやってサポートしていくのかを考えなければいけません。
矛盾した表現かもしれませんが、デジタル化が進むのにあわせてアナログという手段も用意する必要があると思っています。どちらか一方ではなく、両方を共存させなければ、誰もが幸せに暮らせる社会の構築は難しいかと思います」(田子さん)
デジタルサービスを浸透させる、本当の方法
ただ、そうは言ってもデジタル化する社会はどんどん進んでいる。自身が自治体における住民向けのデジタル新サービスの担当者だったとして、「デジタルを人に伝えるときに重要なことは何か」を聞いた。すると、和田さんから「ホスピタリティ」という言葉が返ってきた。
「創業当初から現在まで、弊社で大事にしているのは『ホスピタリティ』です。おもてなしのことですね。
以前、中央省庁との取り組みがあった際に企画書を用意することになったのですが、その際にも『ホスピタリティ』は強く推し出しました。国民向けのアプリケーションの企画書だったため、若者から高齢者の方まで、デジタル・デバイドの対策としてもホスピタリティを十二分にもって対応していくと、省庁の方に説明させていただきました。
私たちの掲げている『ホスピタリティ』とは、最後まで寄り添うという意味です。国民や住民は何にしても十人十色です。誰にでも使ってもらうサービスを実現するには、利用者一人ひとりの声に耳を傾け、丁寧に対応することが大切です」(和田さん)
また、田子さんは「ホスピタリティにくわえて、これからの時代は想像力や語彙力も一層必要になる」と話す。
「どのシステムやサービスにも共通されますが、利用される方が抱えている感情や課題をいかに読み取れるかが重要です。利用者の『何を実現したくて、そのために何ができなくて困っているのか』を想像したり、言葉を汲み取る語彙力だったりが必要だと考えています」(田子さん)
田子さんが話したことは、サービスを利用中だけでなく、提供する前段階から考えておくべきことだ。本当に何に困っていて、どういう課題があり、それをどのように解決すると“利用者”が喜ぶのかを想像することは必要不可欠だ。
ある意味でサービス提供者側(提供するのが自治体であれば、その自治体や担当者)に求められるのは、課題解決型のコンサルテーション能力なのかもしれない。
余談ではあるが、和田さんが言った「利用者に愚直に向き合う」というのは、東京都・副知事 宮坂さんもデジタルサービスについて同じように話していた。東京都が提供している水道局に関するアプリのユーザーレビューを上昇させる(=利用者に満足に使ってもらえている)ために取り組んだのは、「ユーザーの声をひたすら聞き、ひたすら対応した。それだけだった」と言っていた。
デジタル黎明期から「浸透」に取り組む
創業から40年以上、ICT技術をさまざまな人に伝えてきたコスモピア社が「愚直に向き合うべき」と言うのであれば、デジタル技術やサービスを国民により浸透させるにはそれ以上のことはないのかもしれない。
単純にデジタルサービスで何かが便利になりました、という話であれば「使える人が使えばいい」で終わる。しかし、デジタル田園都市国家構想が目指す「誰一人取り残されずすべての人がデジタル化のメリットを享受できる社会」の実現は、実際のところとてつもなく難しい話なのを、田子さん、和田さんの話を聞いて改めて実感する。
さて、ここで今回話を聞いたコスモピア社について簡単に紹介したい。現在は大きく分けて3つの事業に取り組んでいるそうだ。そして、創業当初から「ホスピタリティ」を掲げている。
ひとつが中央省庁をはじめ、BtoBの領域におけるサポートデスク等のICTサービス。電子機器やシステム等について、利用者である職員らのなかでトラブルや不明点が出たときの問い合わせ窓口となる。そのほかでもシステム導入支援や調査・分析等にも取り組む。
ふたつめが展示室やショールームの企画運営などのコミュニケーションサービス。デジタルの話と離れているように思えるかもしれないが、「人の疑問点を解決する」という本質は同じだ。ある意味、前述のICTサービスがオンラインで、ショールームなどはオフライン(対面)での利用者へのフォローだ。
3つめは同社内では“SBO”という、ソーシャルバックオフィス業務。これは行政等における電子申請のうち、補助金などの受け付けや審査業務とのこと。東京都や学生支援機構などのアウトソース先だという。
創業から40年以上経つ同社は、ICT技術を伝える最古参だ。現在は手掛けていないものの、1995年ごろには個人向けに「パソコン講習会」も実施していたそうだ。そのきっかけは、足立区に依頼されたことが始まり。講習会は1日に2,3回実施していたが、その合間の時間に、地域の子どもたち向けに「パソコンでお絵描き体験」で当時の最新デジタル機器に触れてもらう機会なども提供していたという。当時はまだまだパソコンが一般化していない時代。30年前から社会に向けて「デジタルの浸透」に取り組んでいたのだ。
気が付かなかった便利なモノの中にある不便
パソコン黎明期のころから各所でパソコン教室を開いていたコスモピア社は、間違いなく現在の日本におけるデジタル社会の基礎の基礎を積み上げた存在だ。
「デジタルについて伝えてきた私でさえも、現在は自身が“デジタル弱者”だと感じることもあります。
クレジットカードが不正利用されたとき、カード会社のシステムが異常を検知するとカードの利用を停止してくれますよね。被害拡大を防ぐためにカード利用を停止してくれるのはありがたいのですが、利用再開するための手続きも非常に大変。カード会社に電話をかけたいのに電話番号の記載されている場所がわかりづらい。しかも、不正利用された通知も、それ自体も怪しく見えてしまう……。年齢を重ねたからこそ実感する“便利なもののなかにある不便”が見えてきました。
デジタルを使えば便利になるといいつつ、そもそも使いこなすことが難しい……。デジタル化が進んだとしても、システマチックになりすぎないように、何事にも柔軟性が欲しいですね」と田子さんは最後に話した。
★
重要なのは「利用者がどのような悩みや不満を抱えているか」だ。たしかに、デジタルサービスは非常に便利な一方ではあり、慣れている人であれば逐一説明を聞かなくても使いこなせる。ただ、こうした状態は、全員が全員、同じではないことを理解しなければいけない。
もしかすると、現在は「デジタルへの注目」が過剰になりすぎているのかもしれない。デジタルが発展するのにあわせて、いかにアナログを利用したサービスも同時に改善していくか。高齢化社会が進行する日本では、デジタルとアナログの両軸による最適化が求められている。